タモリという「存在」

タモリとは、今、日本で最も「特殊」な人物のひとりなのかもしれない。

ある程度年齢を重ねた方であれば(もしくは、そういった世界に興味がある方であれば)、彼が「どんな場所」から「浮上」してきたのか、ご存知だろう。たとえば、ハナモゲラ語。ああいったものがこの10年代に出てきたら、どんな受け止め方をされるのだろう? 現在の状況では「自主規制ゆえメジャーな電波で流れることはむつかしい?/いわゆるネット右翼的な人たちがそれにどんな反応を示すか、なんとなく考えるだけでおそろしい」という、極端な二律背反を呼ぶ気がする。

そして「今」の彼は?

実に興味深いテーマだ。これを機会に、タモリについて、またはビートたけしや松本人志について考えてみるのも楽しいのではないだろうか。

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 お笑いBIG3として、ビートたけし、明石屋さんま、タモリを括るにはもはや限界が来ていると思う。まず、たけしに関しては最新作の『アウトレイジ』における投げ出し方をして、もう芸人枠とか文化人枠とかでもなく、アウラ枠として「たけし的な何か」を模造する限りなく、本人に近い本人として捉えるべきであり、もう個々の中の「たけし像」が乱反射する中で浮かび上がってくるものだけが、彼なのかもしれなくて、もうコメンテーターとして、司会者として、TV越しに居ても(居なくても、はない)、違和の塊ではなくなった時点でビートたけしの「ビート」はケルアック、バロウズ、ギンズバーグの「それ」ではなくなったものの、「路上(ON THE ROAD)」に居る感じがますます強くなってきている捩れを感得すべきだと思う。

 さんまに関しての衰微は「共犯言語内の仕切り方の巧みさ」を特筆すべきだけであって、いつかにあった健康的な躁的な人間の趣きよりも、痛々しさが先立つ朗らかさが些かの病みを帯びたまま、彼が連呼する「お茶の間」という「あって、ない」場所に還元されるべきなのだろう。

 では、もうこのBIG3は解体されて、笑福亭鶴瓶、島田紳介、今田耕司辺りにパラダイム・シフトすべき、かと言ったら、それがまた違うのであって、それは、タモリのどんどん研ぎ澄まされるニヒリズムの極北としての佇まいという理由付けをメタ配置することで、たけしもさんまもその他の位相も拗れるという磁場の力に起因する。

 ニヒリズムという語は、1733年にFriedrich Lebrecht Goetzがドイツ語(Nihilismus)で用いた。連続論に対置された原子論の意味であり、今まで「最高の価値」と人々がみなし、目的としていたものが無価値となった歴史的事態のことを言うときが多いが、ニヒリストという人を表象する場合、すべてが無価値・偽り・仮象ということを前向きに考える生き方、つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度の人か、何も信じられない事態に絶望し、疲弊した為、その時々の状況に身を任せ、行雲流水的に生きるという態度の人か、を指すことが通俗的に多いが、タモリに関しては前者だ。

 故・赤塚不二夫氏の弔辞の際にそれがはっきりと顕現したのを感じた人も居るだろうし、その後、緩やかに「老いてゆく」タモリの虚無に寂寥と凄味をおぼえた人も居るだろうから、深くは説明は要らないだろうが、TVスターという元々、近代でしか有り得ない現象体の中で「タモリ」という記号は何故に、まだ有効なのか、考えてみるに、5つ程の明易な理由群が簡単に浮かぶ。

 まず、決して近所のおじさんには居ない、あの、得体のしれなさ。第二に、知的で博識で紳士的な風を装いながら、アングラな雰囲気(元々、出自はそこだが)が迸っているマッドネス。第三に、「サングラス」をかけたまま、「日本の昼の顔」に君臨し続ける様。第四に、四ヶ国語マージャン(及び近年の多国語芸)、イグアナ、記憶力、鉄道、坂道、料理、音楽(サックスが吹ける)に対しての偏愛振りと、タモリ倶楽部における過剰なまでの自意識の箱庭化。第五に、名前の奇異さ。色んな横文字の芸人や芸能人が出てきても、「タモリ」というアナグラムにしては、あまりにコンテクストが無化されてしまうような名前はよく「視」ると、意味が気化する。

 自分自身のタモリの「印象」は、無論、タレントとしてはずっと見ていたが、リアルタイムではなく高校の時にその活動を知った、筒井康隆、山下洋輔等とやっていた「全冷中(全日本冷やし中華愛好会)」のイメージが強く、その後はテレビ・スターとしてのあのプロフェッショナルな立振る舞いと、知らずともなく、昼に外に食事などに行くと流れているお茶の間番組の司会の様に収斂していき、音楽番組での司会での無難さ、年に一度の「徹子の部屋」、「タモリ倶楽部」でのあの無邪気さ、最近の「ブラタモリ」でのガードの甘さをザッピング的に追いかけていただけで、決して「熱心」なフォロワーではなく、寧ろ、同属嫌悪に近いニヒリズムを彼に抱いていた。バレーの応援から番組宣伝から消費者金融の看板まで何でも請け負うタレントとしての刹那さ。

 そして、「タモリの終わり」を考えないことは難しく、今でも「居る」のかどうか、僕にはよく理解らないのも確かなのだ。例えば、デリダはヴァレリーの精神についての記述を引用しながら、ヴァレリーが自己引用の際に「マルクス」の名を落としてしまったことを指摘したうえで、精神と亡霊との区別について考察を始める。人が、「亡霊」と「精神」とを区別するのをやめるや否や、精神は、あくまで霊としてではあるが、身体をそなえた亡霊という形で受肉することになる。或いは寧ろ、亡霊は精神の逆説的な体内化なのであり、精神が<身体となること>であり、精神の現象的かつ肉体的な一形態なのである、と。肉体と現象性こそは、精神が亡霊的な形で出現することを可能にするものでもあるが、まさしくその出現において、その再来霊の到来そのものあるいは幽霊の回帰において消滅してしまうものでもあるからであるというコンテクストを敷くと、もはや"タモリ的「亡霊」"は完全にブラウン管に染み付いていて、皆の無意識下にプリンティングされている亡霊みたいなもので、例にすれば、昔にあった「志村けん死亡説」みたく、「タモリ複数人説」は「一度も」起こった事がなく、今日も彼はあの佇まいで午後12:00丁度に階段を降りてきて、「やー」とポーズを取る(但し、いつからかもう歌は歌わなくなってターンもなくなったが)。
 
 あと、いつぞやサブカル界隈で盛り上がって「笑っていいとも」のタモリを執拗にリミックスした「ワラッテ、イイトモ」の映像的狂気も記憶に新しいところだからして、あれ(タモリの昼)をして、「日本の平和の象徴」だと思われている節があるのだが、本当はそうではないあの狂気性が僕は、サングラスの奥深くに垣間見えて、戦慄が感じないのか、不思議になることも少なくない。ベタに受け止めるには彼は恐すぎる。

 もっと、敷衍していこう。タモリが醸す独特の「枠の外れ方」は明らかに現代では異質だ。「タモリ交通事故、瀕死状態」、とか、「タモリ死亡」とは「崩御」って言葉を使った方が良いのではないか、というのはかの菊地成孔氏も言っていたが、アンマッチ過ぎて想像さえ出来ないのは容易だ。僕はタモリが「終わったら」、多分よく理解らない/よく理解リ過ぎて嫌になる諸々も一緒に「終わる」のか、と思いながら、タモリの撒いた種は芽吹くのか、空気中に溶け込んで蒸発してしまうのか、理解り得ないまま、相変わらず、タモリは今日もTVに出続ける。それは、いかりや長介のような「素敵な死後」ではないだろう事に想いを馳せながら。

 但し、彼が小沢健二の「さよならなんて云えないよ」、RIP SLYMEの「ONE」の歌詞を絶賛していた審美眼やマイルス・デイヴィスとのインタビューとの緊張は今でもベタに「信用」しているのは最後に付記しておく。

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