キリンジ『Buoyancy』(日本コロムビア) 

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kirinji.jpg 十二角形の意味を持つタイトルが掲げられた前々作『DODECAGON』では、打ち込みを多用し文字通り"角ばった"サウンドを聴かせていたキリンジ。前作『7-seven-』を経てリリースされた2年振りの新作『BUOYANCY』は、浮力や浮揚性の意味を持つタイトルが示すように、角が取れて丸みを帯びた物体が、あっちへプカプカ、こっちへプカプカと漂いながら、あらゆる要素を取り込みつつ大きくなっていくようなイメージだ。これまでの彼らのアルバムの中でも、最も振り切れた内容と言って良いだろう。
 
 基本的なサウンド・プロダクションは前作の延長上にある。『DODECAGON』でエレクトロニカ的手法にどっぷりと浸った彼らは、『7-seven-』で再び生楽器によるアンサンブルへと回帰しつつも、通常のアレンジを逸脱するような譜面を書くようになる。本作ではそれがさらに突き詰められ、月並みな言い方ではあるが「テクノ/エレクトロニカを通過した視点での、ポップ・ミュージックの再構築」がなされている。それは、先行配信されたシングル「セレーヌのセレナーデ」における幻想的なコーダ部分などを聴けば一目瞭然だ。また、バンジョーやブズーキ、スティールパンのような"背景の見えやすい楽器"を、敢えて背景から切り離して演奏する、ということをかなり意識的に行なっていることは特筆すべき。要するに、バンジョーをカントリー&ウェスタンっぽくなく弾くこと、スティールパンをカリブ音楽っぽくなく演奏することで、時空を超越した響きを生み出しているのだ。この話を彼らから聞いたとき、筆者が瞬時に思い出したのがハイ・ラマズだ。彼らもバンジョーやマリンバといった楽器を、背景から切り離して用いていた(そういえば彼らの98年のアルバム『Cold And Bouncy』のタイトル、本作にちょっと似ている気がする‥‥)。
 
 閑話休題。サウンド・プロダクションだけでなく、楽曲そのものも従来のキリンジ・サウンドとはかけ離れたものが多い。本作を作るにあたって兄の堀込高樹は、「これまでの自分の作曲スタイルを、出来るだけ打ち壊すよう心掛けた」と語っていた。確かに、彼の得意とする70年代後半のポップ・ミュージック的な楽曲は影を潜め、これまで聴いたことのなかったような楽曲が次々と登場する。中でもアルバム中盤に登場する「都市鉱山」は、もろ80年代ニュー・ウェーヴ・サウンド。イアン・カーティスやロバート・スミスを彷彿させるような、しゃくり上げるヴォーカル・スタイルにも高樹自らが果敢に(?)チャレンジしており、一瞬、「本当にこれがキリンジの曲?」と我が耳を疑ったほどだ。また弟の泰行も、レゲエとフォークロアを融合し歌謡曲風味に仕上げた「Round and Round」など新境地に到達。自らのソロ・プロジェクト、馬の骨での経験がフィードバックされた結果だろう。
 
 とはいえ、キリンジの持ち味であるメロディや和声の美しさは、どの曲にもしっかりとまぶしてある。先行シングルにもなった冒頭曲「夏の光」では、「牡牛座ラプソディ」や「アルカディア」「Drifter」といった名曲群に匹敵する美メロと、桜井芳樹(ロンサム・ストリングス)によるEBowギター+シンセ・ストリングスのウォール・オブ・サウンドが、聴き手に圧倒的な多幸感と高揚感をもたらす。
 
 おそらく、「キリンジ印」の楽曲を量産し続けたとしても、向こう10年は安定した地位を約束されているだろう。にも関わらず、自ら確立したスタイルを迷いなく打ち壊し、新たなスタイルをつかみ取ろうとするバイタリティは感動的ですらある。

(黒田隆憲)

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