RANGERS『Suburban Tours』(Olde English Spelling Bee)

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rangers.jpg CDやレコードをレヴューを参考に聴いて、それがとてつもなく良い作品だった場合、そのレヴューを書いた人まで評価してしまいたいような気分になるから不思議だ。そういう意味では、このアルバムを取り上げることができるのは幸運だとしか言いようがない。

 とはいえ、本当のことを言うとあまり紹介したくない気持ちもある。というのも、このレコードを出している、<Olde English Spelling Bee>の作品はどれも入手がかなり難しいのだ。このレヴューを期にレコード店の入荷枚数が増えますように...。

 この記事を書くにあたって集めた資料によると、このレンジャーズ、テキサス出身、サン・フランシスコ在住のジョー・ナイトのオルター・イーゴだとあるのだが、バンドが路上で演奏している写真もあり、実態は詳しくはわからない。音を聞く限りでは一人で宅録しているようには思えない。

 このレーベルのものは総じてそうなのだが、一聴して孫コピーしたカセットテープではなかろうかと思うほど、音が悪いのが印象的だ。オープニング「Deerfield Village」は、今どき聴かない、スラップというよりは、かつてチョッパーと呼んでた雰囲気のベースのリフで始まり、歪ませまくったボーカルは、何を言ってるのか全く聞き取れない。こう書くとローファイ以降のアメリカのインディロックを思い浮かべるかも知れないが、それらよりは一時期のジェネシスや80年代のいわゆるエレクトロの方がサウンドのイメージは近い。
 
 全編通じてチープなシンセとリズムマシンだか生のドラムなんだかわからないほどしょぼい音のドラム、コンパクトとおぼしきエフェクターを過剰に使ったエレクトリック・ギター、メロディックにいくでもなく、ルートにとどまるでもないスラップベース、これらが文字通り混ざり合ったサウンドは非常に視覚的だ。それは、地球から月に人々が行き交うための透明のチューブが繋がっているような、子供が画用紙に描くような既視感のある未来。映画のエンドロールだけをずっと見続けているような感覚。どの曲もとにかく展開や起伏が少なく、1リフで1曲という感じのものも多く(コード進行がシンプルなものは少ないのがまた変わってる)、そのリフのループが作りだすカタルシスのない余韻だけの世界は妙にリアルだ。

 そして、ためらいつつもあえて言うのだが、このアルバムを聴いてデビッド・ボウイの『Low』やハルモニアなどの共作、またはイーノ・アンド・バーンの1枚目をやっていた頃のイーノの仕事を思い出した。もちろんあれほど緻密に練り上げたサウンドだとは思わないし、本当にためらいつつ言うのだけど、雰囲気は、ある。このアルバムがイーノの目に止まり、次のアルバムは共作なんてことになれば良いのに。

 それにしても、MySpace"影響を受けた音楽"の項目に、ナイル・ロジャース、Guitar On Heaven Or Las Vegas(コクトー・ツインズのアルバムのことだと思う)、ジョニー・マー、バーナード・バトラー、ミック・ロンソン、カルロス・アロマーとあるけれど、なるほどなあと思うものがひとつもないのが笑える。ジョニー・マーやバーナード・バトラーはもちろんだけど、特にナイル・ロジャースは間違ってもこの音楽をやらないだろう。
 
 そんなわけで、けなしているのか、ほめているのかわからない文章になってしまったが、このアルバムは文句なしの(私的)年間ベスト・ディスク候補。次のアルバムが待ち遠しい。

(田中智紀)

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