カリブー

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CARIBOU

何も隠す必要がないところまでこれた、そう強く感じたんだ

カナダ出身、カリブーことダン・スナイスの新譜が素晴らしい。マニトバ名義期から傑作を生みだしていたカリブーが、今年発表した『Swim』はダンス・ミュージックである。これには意外だったが、常に変化する彼の音楽は、次作がどうなるか分からないことが前提としてある。新譜に関すること、カリブーのバック・グラウンドなど、数学博士でもある彼に話を聞いた。

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『Swim』はとんでもない傑作だと思います。10年間、Mr.スナイスの音楽を聴き続けていますが、今まで発表された作品の中では現時点の最高傑作だと感じました。エレクトロニカ、IDMと呼ばれる音楽の中でも突出した独自性を醸し出している作品だと思います。比べるのもなんですが、他のエレクトロニック・ミュージシャンの音以上に美しく柔らかい。素晴らしいです。

ダン・スナイス(以下D):そこまで気に入ってくれて、賛辞は純粋に嬉しく思うよ。ありがとう。

初めて聴いたときに、ピンク・フロイドのファースト・アルバムを今日的なダンス・ミュージックにしたら、『Swim』のような音楽になるのではないかと思ったのですが、この感想についてどう思われますか。

D:良い例えだと思う。私はサイケデリックだったり、スペースのある音楽が大好きなんだ。ピンク・フロイドは気に入っていて、特に初期の彼らの音楽をたくさん聴いていたから、そう例えられるのは凄く分かるよ。今回のアルバムについては、ダンス・ミュージック的なサウンドと、今まで私がやってきたサイケデリックなサウンドが同居していると思う。ダンス・ミュージックの方向性を楽しみにしているし、新たな方向性が今作には詰まっていると思うんだ。

10年前からメロディをとても大切にされてますよね。

D:そうだね。大量に曲を作っているんだけど、作り終えられない曲があったりするんだよ。そういうときに、じゃあ、自分が何をやりたいのか、ということを考えてみると、いつも戻ってくるのは、必ず自分が歌えるような、覚えられるようなメロディが存在する曲なんだ。メロディは私にとって凄く大事だよ。

メロディ以外にも、どんどん音が重なっていって、立体的なミックスも功を奏していると思います。左右に振り分けられた音が一体になったり、左右交互から聴こえてきたり、今まで以上にトリップしやすいアルバムだとも思います。リスナーをトリップさせようとする意志はあったのでしょうか?

D:私自身がトリップしたいと思っているんだ。音楽を作っていくプロセスの中で、新しい音を作ったり、自分が作った音を聴くことで自分がトリップできることはとても重要で、まあ、それはある意味、自己中心的というか自己満足的な理由ではある。けれども、自分が自分自身の音楽でトリップするのが楽しくて、面白くて、それでいて、私の音楽を聴いてくれた人が私同様に『Swim』を気に入ってくれたり、トリップしてくれるのは凄く嬉しく思う。幸せなことでもあるよ。

パーソナルな作品である、と。

D:そう。どのアルバムもそうだけど、今回のアルバムは特にパーソナルな作品で、音を作るにしても歌詞にしても、すごく個人的なところがある。10年間音楽を作ってきて、自信も出てきたし、成長したという実感もある。自分をそのまま表現することに躊躇がなくなったんだ。何も隠す必要がないと考えられるところまでこれた。そう強く感じたんだ。『Swim』はそういう作品だよ。たとえ誰にも聴かれなかったとしても、リリースされる予定がなかったとしても、私は全く同じ音楽を思っていたと思う。誰が聴いてくれるのかというのは関係ないんだ。人に伝える目的ではなくて、自分が幸せになるために作ったもの。でも、ライヴに来てくれる人がいたり、それを聴いてくれる人がいる。それが私には信じられなくて驚いているよ。だけどそうして誰かと繋がるのは素敵なことだね。

リスナーへの表現欲求があるわけではなかったんですね。オウテカも同じようなことを言っていた記憶がありますが、予想外でした。では『Swim』というタイトルは「この作品を聴いて音の中で泳ごう」というメッセージではないということなのでしょうか。

D:まさに。ただ、タイトルにはふたつの意味があって、ひとつはアルバムを作りながら泳ぎに行っていたという意味と、ひとつは音的に液体や流動的なものをイメージしていたんだ。波や水のように流れる音楽が出来上がったから、文字通り自分が泳ぐという意味と、音楽的な意味でも共通する良い名前だったから『Swim』と名付けたよ。

最近泳げるようになったと聞いたのですが、Mr.スナイスは泳いでいる時、どんな気持ちで、どんなことを考えていますか。

D:泳ぐのが下手だから沈まないようにと、それだけに集中する場合が多いよ(笑)。呼吸することに一生懸命になったりね(笑)。でもやっぱり泳ぐことはトランス状態になるところがあって、何も考えられない時間、何かを考えるのをやめさせてくれる時間でもあるんだ。瞑想に近いね。そうして私の中から潜在的なものが浮かんできて、それが音楽に反映されているのかもしれない。何も考えない時間を作って、音楽作りの中に瞑想的な隙間の時間を作ることで、一歩引いて私の音楽を客観的に見れることもあるし、新たなアイデアが出てくることもある。音楽だけに集中するのではなくて、時間を空ける、という意味で泳ぎに行くのは私にとって重要なんだ。

2010_7_Caribou2_low.jpg今作はダンス・ミュージックということですが、クラブには行かれるのでしょうか。失礼ながら、個人的に、Mr.スナイスの見た目や雰囲気、イメージとして、クラブに行く姿が想像しにくいのですが...。

D:10代の頃からDJをやっていたし、今作を作るときに今まで以上にクラブに行くようになったね。ロンドンにすごく小さいプラスティック・ピープルっていうハコがあるんだ。テオ・パリシュが毎月DJをやっているし、私もそこでDJをしている。そのときに自分が今回作ったアルバムを人に聴いてもらって、どういうリアクションがあるのかを見ているよ。ただ、やはり否定的なリアクションがあっても今作の音楽性を変えることはなかったと思ってる。

世界的に日本のDJはあまり評価されていないんですけれども、ご存知の日本のDJやエレクトロニック・ミュージシャンはいますか?

D:竹村延和だね。大ファンで、私がエレクトロニック・ミュージックを作り始めるきっかけになったアーティストのひとりだよ。

なるほど。共通するところがあるように思います。他にもアーサー・ラッセルをリスペクトしていると聞いたんですけれども、アーサー・ラッセルのどのようなところに魅力を感じていますか。

D:彼はほんとうに面白い人だと思う。70年代後半、80年代前半に活躍して、いろんなジャンルの音楽を取り入れている。でもその中で自分の音を自然にきちんと表現できている。私もアーサー・ラッセルと同じように、音楽へのいろんなアプローチ方法があると思っているんだ。

アーサー・ラッセルから影響を受けたところをはどのようなものだったのでしょうか。

D:自分の世界を作っているところだね。彼が作りだしている一つひとつの音は、聴いてすぐに彼の音だと分かる。私も他の音をコピーするのではなくて、自分の世界を作っていきたいというのがひとつと、歌に関しては、アーサー・ラッセルは自分の自然の声で歌っていて、上手いわけではないけど、親密な歌声で惹かれるんだ。私も歌手として上手くないけど、自分の声でやっぱり表現しようと、他の人がやっていないことを表現したいと思っている。とても強くね。

Mr.スナイスの歌声は教育を受けた歌声ではないと感じました。でも、とてもやさしい歌声で、警戒心なく聴けるんです。

D:ありがとう。そうなってほしいなと願っていて、実際トレーニングを受けたわけではないし、もともと歌が上手いわけではないけど、親密な歌声を私は表現できると思っているよ。プロとしてのトレーニングを受けていないだけに、親密性という意味では、絶対、表現できる自信があるんだ。

歌声が聴きやすくて、メロディも良くて、『Swim』は多くのリスナーに受け入れられる作品だと思います。でもその反面、物凄く凝ったサウンドで、とても作り込まれているという印象を受けます。もしかしたら難解だと感じる方がいるかもしれない。音作りに相当苦労されたのではないでしょうか。

D:長い時間をかけて作ったよ。今作にたくさんの音の層があるのは時間をかけて作ったから、という理由もある。自分で何百回も聴いて、この音を落とそうとか、この音を変えてみようとか、いろいろ、徐々に足していった結果なんだ。私は凝った音楽が好きで、聴き直すたびに新しい音が聴こえたり、新しい発見がある音楽がエキサイティングだと思ってる。でもやっぱり複雑な音の中にメロディがきちんとあることが重要なんだ。メロディがあることで聴いてくれる人と繋がれる、聴いた人が感情移入してくれるかもしれない。パーソナルな作品ではあるけど、1回聴いて判断してほしくないという思いが強くある。何度も聴くにつれて何かを発見をしてくれたら嬉しいね。

決して今作はジャズではないですが、少し60年代のモダン・ジャズ的なものを感じました。もしかしてジャズがお好きだったりしますか?

D:大好きだね! ほんとうに私はジャズが好きで、特にスピリチュアルなフリー・ジャズは自分の音楽の基礎だよ。アルバート・アイラー、ジョン・コルトレーン...、他にも最近、カナダ人のジャズ・ミュージシャンに出会って(コリン・フィッシャー、カイル・ブレンダーズ、ロブ・ピーロネン、スティーヴ・ウォード)、アルバムでコラボレーションしようってことになったんだ。

いろいろな要素が詰まっていますよね。あと、数学博士であるMr.スナイスを前にしてこんなことを言うのはおこがましいのですが、僕も大学で数学を学んだ者なんです。数学的なものも今作から感じました。答えが最も重要なのではなく、答えを導き出す過程こそが重要なのだと。

D:うん。音楽と同じで柔軟な発想力、感性が数学には凄く重要なんだ。もっとみんなに数学の面白さを知ってほしいよ(笑)。


2010年7月
取材、文/田中喬史
通訳/大石千枝

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