七尾旅人『ビリオン・ヴォイシズ』(Felicity)

billion voices.jpg 「初めに言葉があった...すぐ後からドラムと原始的なギターが続いた」そんなふうに聖書の言葉を引用しながら、自らの音楽を語ったのはルー・リード。そう言えば、七尾旅人もライブで「ワイルド・サイドを歩け」をカバーしていた。歌詞を日本語に置き換えたシンプルなアレンジ。オリジナルの印象的なベース・ラインよりも、登場人物たちに深い眼差しが向けられていた。その眼差しの向こうから、愛すべきオカマたちが言う。「坊や、ワイルド・サイドを歩きなさいヨ!」と。オカマたちの声がルー・リードの歌になり、七尾旅人に歌われて、また、オカマたちの声になる。「初めに言葉があった...」確かにそうかもしれない。その時、僕は愛すべきオカマたちの声を聞いた。

 そんなオカマたちの声に感化されてしまったようなサラリーマンが会社に辞表を叩きつける「I Wanna Be A Rock Star」で、このアルバムは幕を開ける。今は2010年。その姿をどこかで、誰かがYouTubeやUstreamで見ているかもしれない。その声は僕たちにも聞こえる。あるいは僕たちの声そのもの、なのかもしれない。10億の声がある。

 歌うことへの気づきとためらいが描かれる「One Voice(もしもわたしが声を出せたら)」、君の声をパソコンで探し続ける「検索少年」、ろくでもない風景がぶよぶよに肥大する「シャッター商店街のマイルスデイビス」と「BAD BAD SWING!」。前半は声をモチーフとした様々なイメージが描き出される。そして後半。「なんだかいい予感がするよ」からは、その声が今を語り始める。まるで夢からさめたように。そこには、暗がりに手を伸ばす男がいる。止めようもない時間の流れがある。過去と現在が交差する。そして、生命の誕生から未来へ。

 ジャケットデザインは偶然にもM.I.A.の新作と同じく、パソコンの動画画面がモチーフ。ウェブをフル活用したコミュニケーションや音楽制作への柔軟なスタンスなど、この2人のソロ・アーティストには共通する意識が感じられる。このプログレスバーが意味することは、たぶん「見る=自覚」と「動く=行動」ということ。まず、声を出してみよう。そして、誰かの声に耳をすまそう。

 初めに言葉があった...。すぐ後からフォークやブルース、R&B、そしてポップなエレクトロニカまでが続いてゆく。自由に。


(犬飼一郎 aka roro!)

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