イノセンス・ミッション『マイ・ルーム・イン・ザ・トゥリーズ』(Badman / P-Vine)

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innocence_mission.jpg 大きなフードのついた服を着た横向きでモノクロの少女を、ヴィヴィッドな色合いの丸い葉をもった二本の木が両脇から挟んだ美しすぎるジャケット。2007年にリリースされたイノセンス・ミッションのアルバム『We Walked in Song』は当時、気がつけば音楽誌から個人ブログ、レコード店など至るところで目にした記憶がある。僕も思わずデザインに惹かれ手にとってしまい、スピーカーから流れた穏やかで清浄な音に感極まってしまった。そこから遡って聴いた2003年の『Befriended』にも強く胸を打たれたし、更に遡って1999年の『Birds of My Neighborhood』にも感動を...ちょっとクドイか。

 そして先ごろ、本作『My Room In The Trees』がリリースされた。同じ学校の出身で舞台劇の制作をきっかけに85年に結成されたペンシルヴァニアのフォーキー・トリオ、イノセンス・ミッションは、91年リリースの二枚目のアルバム『Umbrella』以降、(2004年にリリースされた、伝承曲やクラシカル・ナンバーをカバーした子守唄アルバム『Now the Day Is Over』を除けば)ほとんどの場合3~4年の均等な期間を開けて、大きく音楽性を変えることのないままリリースを続けている。

 このバンドとはだいぶ異なったアプローチながら、「静謐で美しい音楽性を職人的に続けてきた」という点で大きく共通するブルー・ナイルという英国、グラスゴーのバンドの「(ファースト・アルバムから数えて)5年→7年→8年」というリリース間隔(と、伝説的ともいえる寡作ぶり)もそうだが、両者とも商業ベースとしては自殺的ともいえるマイペースぶりながら、その生涯を捧げるかのように作風は貫き通され、遠方へ離れた友人から届く手紙の如く忘れかけていたときに新作が発表されるたび、変わらぬ姿を見せては安心させてくれる。ただでさえシーンの消化速度が目まぐるしい現代で、こういった人たちの存在には本当に励まされる。その良さが冒頭に書いたように話題となって広まり評価されるのは(それこそ、イノセンス・ミッションはかのジョニ・ミッチェルにまで見出され、共演も果たしている)本当に喜ばしいことだと思う。

 繰り返しになるが、今までもそうだったように、この新作においても彼らの特性である奥行きのあるサウンドは微塵も揺らいでない。遠くで鳴る脈拍のように暖かみのあるアップライト・ベースに、柔らかなタッチのピッキングで奏でられるアコースティック・ギター。そして、瑞々しい少女性を孕んだ、バンド(名)の目論むイノセンスなミッションを何度でも遂行しうる純真さをもったカレン・ペリスのヴォーカル。ときおり鳴るピアノやクリアーなエレクトリック・ギターの音色も明るみをもたせている。カレンと(ギターの)ドン夫妻の自宅でライブ録りされたというラフな録音もいい。

 ささやかなマイナー・チェンジとしては、本人たちも言及しているとおりでパンプ・オルガンの多用が挙げられるだろうか。「学校からの帰り道」がテーマだという本作は、歌詞において晴れの日と雨の日が曲のほとんど交互に訪れ、「雨」「レインコート」といった単語が頻出する。童心とちょっぴりの湿り気をもつ詩世界(よく見るとカバー・アートも曇り空だ。デザインは前作に引き続きカレン・ペイジが担当)のもたらす淡い憂愁を、アコーディオンに似たほのかな低音も違う形で表現している。

 幻想的な演奏はときに雨空を、ときに差し込む日差しを描写し、カレンはポジティブにもネガティブにも陥ることなく、感情的でありながらストーリーテラーとして一歩引いた客観性も保ちつつ、神への愛や幸せな月曜日について歌う。甘やかすことも説教くさくなることもせず、穏やかな物語はただそこに在り続ける。いつだってそうだったが、日常と非日常のあいだの、もっとも詩的な好奇心をくすぐるラインの上をイノセンス・ミッションの音は静かに流れていき、耳元と心に安心をもたらし、離れてもふとしたときに戻ってみたくなる。このアルバムの4曲目のタイトルは「Gentle The Rain At Home」。"家のなかにいれば雨もやさしく感じる"というのは、まさしく彼らの音楽についてうまく表しているような気がしないでもない。

(小熊俊哉)

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