カリブー at 代官山 ユニット 2010/07/06

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photo by Tiger Hagino

 アーサー・ラッセルへの敬意が窺えるライヴだった。

 客電が落とされる。ゆったりとした時間が一瞬止まる。カリブー(ex.マニトバ)ことダン・スナイスを含む4人のメンバーが何気なくステージに現れる。格好はほぼ普段着。大学生のカップルや30を超えているであろう男性、女性。ヨーロッパ系の外国人。洋服には全く金をかけていないと見える音マニアのような客。彼らの唾を飲み込む音が聞こえてきそうな中で、ギター、ベース、ドラム、そしてダン・スナイスのヴォーカルを基本編成とするバンドがおもむろに、初めて音を鳴らしたその刹那、空間がビリと破かれ、目の前に未知の感情を突きだされた思いがした。そうしていつしか気付く。すでにカリブーの音に飲み込まれてしまったのだと。

 MCはほとんどなし。全編ハイライトかよと思えるほど次々と繰り出される音の狂乱。音の嵐。しかしその全てが美しい。ドラムは乱雑。時として下世話にも感じたが、アート・ブレイキー同様に威厳高く響き渡る。甘くやさしいダン・スナイスの歌声はほっと一息つける安堵と温もりがあり、なおかつメロディの中核として常に存在感が広くあった。まるで会場をやさしさで支配してしまうかのように、だ。即興で歌をサンプリングし、その上に歌声をかぶせ、メロディを幾重にも重ねるそのメロディの多重性はCD同様、摩訶不思議だが、ライヴではトリップ感ではなく異物として混入し、ダンス・ミュージックと呼ばれる新作『Swim』のダンス・ミュージック的な側面を、あえてわずかに削ぎ落としていた。ドラムがガムラン音楽を思わせる音色を叩き出し、ギターもまたインドの伝統音楽を思わせるフレーズを弾く場面ありと、「おや?」と「なにか違うぞ?」と、オーディエンスがきょとんとする瞬間が何度かあった。CDのダンス・ミュージック的な側面を期待していたオーディエンスは少々期待外れだったかもしれない、が、しかし、やはり良いのだ。


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photo by Tiger Hagino


 ホワイト・ノイズを広く響かせ、グリッチ・ノイズもまたタイミングよく響かせる。ノイズの轟が奏功していたが、逆に演奏を、常にわずかにずらしてもいた。その微妙な差異が予定調和な音楽として終始させず、ダン・スナイスがドラムやギターなどを演奏していた場面でも差異を楽しんでいるところが見受けられた。PARAが演奏上のミスを音楽性と捉えていることとは逆である。いわば自分を自分で壊し、模範的なものから外れ、新たに上を目指そうとする堕落論の精神に通じる音楽。それを何気なくやっているところに、そしてやれるところにカリブーの深さを感じた次第だ。また、映像作品も発表しているカリブーだが、ビジュアルで魅せるところはほとんどなかったと言っていい。音だけで表現する。そのストイックな姿勢がライヴでフルに出ていた。ダン・スナイス自身も瞳孔開いて音楽と真正面から向き合っている。さながら音楽を自分の分身と見立て、自分と勝負しているかのように。突発的な爆発、新鮮性に溢れる音がオーディエンスを何度もぴりっとさせ、かつ、会場の重力を歪ませる。カリブーを体感している最中はオーディエンスもカリブーと向き合わされ、何も発せられない。何も見えない。「見る」という行為がどのようなことだったのかすら思い出せない。そんな空気がこの日のライヴにはあったのだ。


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photo by Tiger Hagino


 過去の作品からの楽曲や、アンコールで演奏された曲は、良くも悪くも、もしかしたら悪い部分が大きいかもしれないが、シンプルで、驚きがなかったことは 残念ではあったが、良く捉えれば、それがあったからこそ胃もたれしないライヴだったと言える。「私、カリブーさえ聴ければいい!」や、外国人客の 「Fuckin' Mega!」という最上級の賛辞が聞こえた。特にライヴ中盤、リカルド・ヴィラロボスのようなミニマル・ミュージックを生楽器主体で演奏し、音の奥へ、奥 へと、自分の精神世界のより深くへと潜っていこうとする姿勢が強く窺えた演奏は素晴らしく、ダン・スナイス本人が言うとおり、自分の未知の領域を探り、 「自分の世界」を表現し、音そのものもライヴにおいて少々乱暴であっても、見惚れるというより放心させるものになっていた。虚を突かれるとはまさにこのこ と。上昇と下降を同時に味わう感覚。

 カリブーとは、音楽の公式に則るのではなく、異物を混入し、公式をぶち壊し、誰も見たこともない新たな公式を導き出す。それは音の創造を、決して教科書を片手にやっているわけではなく、アイデンティティの拠り所は自分だという意志だ。それが彼のライヴであり、音楽でもある。今は亡きアーサー・ラッセルをリスペクトしているダン・スナイスの歌声が、ドラム、エレクトロニクス音、特にノイズという異物によって壊され、彼自身の新たな公式が再構築される。鮮烈と狂乱を併せ持つ音の怒涛が彼とオーディエンスをより一体とし、会場全体が膨張と伸縮を繰り返す。やさしさ、甘美さ、そして妖しさを含んだ歌声が響き渡ったその時に、ダン・スナイスの歌声はアーサー・ラッセルとともに天に昇った。

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