小沢健二〜「ある光」は、今なにを照らすのか?

メディアに掲載される文章には、さまざまな意味がある。クッキーシーンのようなメディアであれば、当然「(音楽をはじめとする、いい表現に出会ったとき、それを)紹介(しないではいられない衝動を、ある種の客観性とともに提示する)」というスタンスが最初に来る(べき)なのだが、それがある種の「批評」的な形をとることも必然的にありえる。そしてクッキーシーンは、こんなスタンスをとっている。もし理想的な「批評」が存在するとすれば、そこはほかの誰かの「考察」に役立つべきであり、それが「議論」に結びつけばばさらに嬉しい。

というわけで、このコーナーがスタートしました。わりと「論議」を呼びそうな文章は(ほかのコーナーではなく)ここに掲載します。

それらに対する、あなた自身のご意見(別に「反論」じゃなくてもいいですよ:笑)も求めています。

このコーナーに掲載されたもの以外の文章に対するご意見ご感想も、もちろん常時募集しています。でもって、それをこのコーナーに掲載させていただく可能性アリ! ってことで...!

しょっぱなの今回は(ぼくが見る限り)誰もが絶賛している、小沢健二のライヴに関する、松浦氏の文章です。これを読んで、あなたはどう思われたか? 知りたいです...。

FEEDBACKコーナーから、是非。

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 90年代初頭の日本のパスティーシュとシニシズムのモンスターであったフリッパーズ・ギターが解散して、個々の活動に分化する中、彼は、ファースト・アルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』のセルフ・ライナーでこういう事を書いている。

「芸術について僕が思うのは、それはスーパーマーケットで買い物をするようにアレとコレを買ったからカゴの中はこうなるというものではなくて、アレもコレも買ったけど結局は向こうから走ってきた無限大がフュッと忍びこんで決定的な魔法をかけて住みついてしまったどうしましょう、というようなものではないかということだ」

 彼は、近年は社会的な活動が板についており日本社会臨床学会の勉強会の場で現れて、ボリビア、ベネズエラ政変について語っていたり、「うさぎ」という物語では真摯に反グローバリズムの輪郭を描いており、一時期に巷間を賑わせた音楽関係からはほぼ一線を引いていた。そんな中、突然、今年になり発表された「ひふみよ」ツアー。サイトで発表された、不穏な気配を持った彼のポートレイト。『LIFE』前後の王子様期から曲を主体に届けようとすること。そのステイトメントに深読みは幾らでもしようには出来たものの、僕自身は気持ちは上がったものの、「2010年に小沢健二を観る必然性」はそこまで感得も出来なかったのも事実だ。

 TVでも、僕と同じくらいの年齢に見えるコメンテーターが彼について口角泡して語っていたが、上の世代の司会者は全く興味ある/なし以前のスタイルを貫き、下の世代はどう凄いのか、ピンときていないようだった。それは当たり前で、小沢健二というアーティストの表現に関しては世代論を持ちこまないといけないのは周知だろう。

 例えば、自分は、「90年代」をサヴァイヴ出来なかったくせに、そして、 00年代も暗礁に乗り上げながら生き抜いたのに、「90年代の人」だという意識がある。

 60年代のアドレスセンスをリアルタイムで生きた世代(50代-60代の層)はとある思想観念をベースに共通事件を元に、一つの連帯感と良くも悪くも固着意識があり、「68年」という時代を思い返せば、もはや解答は出ているように、「共帯」の文字はある訳で大文字に弱い。

 70年代を生きた世代(40代-50代)はその波を受けて、必然的アパシーと武装としてのシニシズムを纏ってしまっていることがある。そして、70年代を折り返そうとした半ばにベトナム戦争が終わったというスティグマが刻まれているがゆえに、独特の傷の痕も見える。

 80年代(30代-40代)というのは、経済的に富裕時期に思春期をおくったことで、ニューアカであったり、ポスト・構造主義、ポスト・モダニズムの煽りを被った世代か非常に饒舌的で当たり前にニヒリスティック、知的でどこか厭世的かもしれない。でも、今時点で文壇であったり、論壇を掻き回しているのは「ここらの世代」なのは言わずもがなで、言葉を信じていないが故の、饒舌性と、数多のレトリックの駆使に長けた反射神経はいつも舌を巻くが、厄介な二枚舌という印象を与える時もある。加え、オタク的な「細部に神は宿る」と嘯くのもここの界隈。

 そして、僕を含めた90年代の世代(20代-30代)ってのは、ロック史で言えば、ニルヴァーナで始まって、レディオヘッドでカーテンを降ろしつつ、「確たる言葉やコンセプト」をアウトプット出来えていない世代とも言える訳で、「未来に怯え」、「現在時間の残酷さと果敢なさ」に敏感な世代でもある。上の世代からは自意識に凝り固まって、失語症的で引きこもり的な世代だし何を考えているのか理解らない、下の世代からはもっと刹那的に開き直って今を楽しめばいいのに、と一蹴されてしまうような、誠実な「暗さ」と、当然のように染み付いた閉塞感を持った世代でもあり、「99年に世界は滅びないけど、何かしらあるんじゃないか?」というプロスペクティヴを持っていたが故に、その後、抽象的な意味で"生き延ばし"の目にあっているような世代、と言えるかもしれないが、小沢健二が軽快に「LIFE IS COMIN' BACK」と歌う様にはハンドクラップは出来なくても、気持ちが持ち上げられてもいた。無論、自分達は下の世代ゆえに「その輪の中」に入れないんだな、と思う感情が同居しつつ。

 「ここらの世代」の小沢健二は、華麗な言語感覚のポップスターからシリアスな活動家の顔になった。



 そのシリアスな活動家の顔を置いての、6月22日、京都第一会館の公演で観た42歳の彼は良い意味で、変わらなかった。いや、変わりようがなかった。

 強固な共犯言語が成り立っている学術的シンポジウムのような緊張感があり、それを受け止める、正式にボーダーの服を着る事が出来るような在りし日のボーイズ・アンド・ガールズ、主に30代前半だろうか、は「ドアをノックするのは誰だ?」でのダンスを決めて、「痛快ウキウキ通り」での叫びの部分を喜んでいたり、爆発するアムールは確かにあった。そんな全てが微笑ましくもあるが、リアルの総てと瞬間の永遠のカタルシスよりも先立つ、記憶資源を個々内神話の回収する戯れに僕自身はそこまでは興味は無い故に、どうにも斜にも構えてしまう部分もあったのは否めない。無論、オープニングの真っ暗闇の中で「ひー、ひーふーみーよー」のカウントからの「流れ星ビバップ」が響いた瞬間は感動したものだったが、全体を通して祝祭感や彼が戻ってきた、という感慨よりも、鋭利な感受性が要求された。何故なら、過去のヒット曲のオンパレードという側面もありながら、構成が入り組んでいて、照明が鮮やかに映える本編の実質最初となる「ぼくらが旅に出る理由」のポール・サイモンからの借用のホーンもわざと鳴らさなかったり、MCは朗読であったり(その朗読も旅人から綴られた、どうにも詩的で抽象的なものだったり、価値観について、とかそういうものだった)、序盤に長尺の名曲「天使たちのシーン」を聞かせ、「今夜はブギー・バック」ではサプライズでスチャダラパーの参入があったり、「ラヴリー」に関しては1時間後にやるので、練習と称して、「Life is comin' back」の部分を「感じたかった」に、「Can't you see the way it's a」は「完璧な絵に似た」に歌い直すように、との指示があったり、「夢が夢なら」から「麝香」という今でしかあり得ない繋ぎがあったり、「カローラⅡにのって」のさわりだけやるなり、ふと弾き語られた「ある光」であったり、今の時間軸に沿って、選曲、構成されていたからだ。

 そもそも、フォーク、モータウン・サウンドへの露骨なオマージュ、モダン・ジャズ、アーバン・ブルーズと呼ばれるものへの敬意、ニューウェーブへの意識的な傾倒、フュージョン的なものへと音楽的な変遷を進めた、そこには様々な多次元的な意味が含まれながらも、最終的に確信犯的で、必然的な彼の都度の切迫感を垣間見ることが出来る代わりに、どうにもならない表層性も垣間見れるとしたならば、何故、今回のライヴでふと異質な『Eclectic』から「麝香」を挟んだのか、何重にも解析する事は出来るし、またこの「麝香」こそ白眉と言える艶めかしさがあったのだ。

 ということは、要は、このライヴは始めから「誤爆」を狙っていたのかもしれない。もう小沢健二、オザケンという記号の管理を自らコントロールしようとして、結局、時代が読めない誤爆をしてしまった、という所作。彼の「不在」期間分、居た頃の映像やイメージは拡張され、それに伴い、受容側の幻像は彼の実像を追い越しつつあった。追い越しつつあったのに、自覚的ではなかったものの、反グローバリズムや多国籍企業が仕掛ける「イメージ管理」に自覚的に政治的に踏み入る事になっていた彼の気紛れなモードがこうして、13年振りのライヴをして、妙な清清しさと違和感を提示することになったのには、ただ楽しめたらいいよね、では済まない未必の悪意も内在しており、ここまでストイックにリズムに日本語に拘るステージとは戒厳令が敷かれているのか、と思うくらい張り詰めた大衆の為の音楽の場だった。

 想い出してみよう、彼はソロという時代を始める時、何故に「暗闇」から手をのばすことから始めなくちゃいけなくて、「天使たちのシーン」に拘り、「君と僕との恋」の絶対性に重きをかけ、ジャズへの傾きと共に、消え入るように「春を前に君を想って」消え入ってしまわないといけなかったのか、そして、もはや「歌いさえ、しなくなったのか」、そこには「90年代の時代性」を巡る幾つもの問題が介在してくので、詳述は避けたいと思うが、ただ一言、「喋り尽くした後の、沈黙は、寧ろ、饒舌でさえある」というレトリックを援用しておくとすると、今回のライヴは個人的に饒舌が過ぎた。13年振りといった冠詞を除いても、その饒舌は彼同様に「年齢をいった」自分には少し面映ゆいものがあったのも事実であり、彼の美学やイズムに対してぼんやり距離を見出すことで、或る程度、小沢健二という人を愉しむ事が出来た瞬間もあったのも否めない。



 そして、当初から発表される予定だった新曲は3曲。序盤でされた「いちごが染まる」は少しジャジーで和的な印象が強い曲で、これは『レビュー'96』の頃に演奏されていてもおかしくないようなものだった。彼自身が前日に伏見稲荷を巡ったとかの話を入れて、紹介した「シッカショ節」は、岡林信康色の強い民謡調のもの。「時間軸を曲げて」は不粋なロック・チューン。全体を脱構築する目新しいものは無かったが、今回の「ひふみよ」のコンセプトを崩さないように考えてきたのだな、と想わせる3曲だった。

「10年前のぼくらは胸を痛めて"いとしのエリー"なんて聴いていた」のはいつのことか。今や、街もセカイも、どうにもラヴリーじゃなくなっている世の中にどうクールやヒップはあるのか。ふと、渋谷系を回顧する際に付き纏う気恥ずかしさとは記号だらけの中に差異と反復のリズムしか見いだせなかったように、「本当の本当」をメタ的においかけた小沢健二はベタに13年の中でリアルに着地してしまい、それらを受け取る僕たち側オーディエンスも見えない戦時下のダンスホールで暫しの昔話に触れた様な気がしたというのは妄想が過ぎるだろうか。

 こうして初めて彼のライヴを観て、漸く自分が回りくどい言い回しを好み、敢えて饒舌に長文になってしまうのは、彼の語り口へのささやかな憧憬と「ありとあらゆる言葉を知って 何も言えなくなる」ような「バカな過ち」はしない、と決めたからで、自分が、「表現」という行為にのめり込んでしまうのは、失語的に欝的にならざるを得ない状況で、それでも言葉を紡ごうとしていた彼の「在り方」に焦がれていたからで、ということを改めて思い知りながら、真面目になり過ぎる事は時に自分を「内」から腐敗させてしまうのだとも感じた。そして、自分自身が、結局は「君と恋に落ちる」ことしか興味がないのは、彼が謳っていた「君と僕がそこにいる」それ以外に大切なことなんか別にないのだ、と集約されるからで、だとしたならば、アンコールの「愛し愛されて生きるのさ」でおなかがいっぱいにもなってしまった。



 あの総ての眩しい光は優しさの中に消えてゆく、それでいいのではないか。
 今の小沢健二にそれ以上もそれ以下の意味も僕には付加出来ない。

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