ナダ・サーフ

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NADA SURF

まるでスノウボール・エフェクトみたいな
(雪だるまみたいに転がりつつ大きくなっていくような)
ものなんだろうね


アメリカのティーンエイジ・ファンクラブ! いや、普段はこういう安易な表現嫌いなんですけど(笑)このインタヴューを読んでいただければ、彼ら自身もそんな言い方をきっといやがらないであろうことが、たぶんわかっていただけるのでは...。昨年、NANO-MUGEN(アジアン・カンフー・ジェネレーションが、いい意味でしつこく開催してきたイヴェント。今年はラ・ラ・ライオットが来る!)に出演するため奇跡の初来日を遂げた彼らが、一昨年(日本発売は昨年)の大傑作『Lucky』につづくニュー・アルバムを発表した。それは、なんとカヴァー集! でもって、中心人物のマシューと、ドラム/パーカッション担当のアイラが、この夏の再来日公演(サマソニ東京のみ確定。単独はあるのかな...?)を前にプロモーション来日を果たした。というわけで、彼らふたりに1時間たっぶり話を聞いてみた。

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Photo by Peter Ellenby

新しいカヴァー・アルバム『If I Had A Hi-fi』、音もすごくいいですね。アナログ的な温かみのある音だと思ったんですが。

マシュー・カーズ(以下M):ありがとう。確かに温かい音を作りだすのに、相当苦労して作ったからね。それにミックスにたくさんテープを使ってるし...。レコーディング自体はテープを使ってないけど、ミックスの多くにテープを使ってるんだよ。レコーディングまでテープを使うと、金がかかりすぎちゃうから(笑)。とにかくそう言ってもらえて、うれしいね。僕は今でも、カセットで曲作りをするんだよ。4トラのマシンも集めてるし...ものすごい数になってるけど(笑)。今でもそのやり方が気に入ってる。テープの方がコンピューターでやるよりも、聴き返した時に感覚が戻って来やすいような気がするんだ。もちろん、コンピューターでやれば自動で音はよくなるんだろうけどね。

これは友達のところでレコーディングしたんですよね?

M:うん、そう。テキサスのオースティン。僕らの最近の3枚のアルバムに参加してくれている、ルイ・リノがきっかけだった。彼は元々、CMのジングルみたいなものを作っていたんだけど、どうしてもCMの仕事を止めてレコードを作りたいってことで、オースティンに引っ越してきたんだよ。オースティンの方が物価が安いからね。そしてそこで、レジネイトっていういいスタジオを建てた。どうしてそれでレコードを作るようになったかって話は、多分ライナーノーツにもちゃんと書かれているとは思うけど、僕からもとりあえず説明しておくよ。彼に、一緒にツアーにも参加してくれるように頼んだんだ。そうしたらそんな余裕はないって断られてね。それで何が何でも彼に参加してもらいたくって、彼のスタジオでレコードを作るから、って説得したんだよ。

それもまた、心温まるいい話だと思います。『If I Had A Hi-fi』というアルバム・タイトルもいい。どんな想いがあるんですか?

アイラ・エリオット(以下I):ずっと暖めていた言葉なんだ。何かのすごくいいタイトルになる気がしたんだよ。それでやっと、機会が来たわけだけど。

M:うん、しかも、オリジナルじゃなくて、カヴァーのアルバムってところがはまってる。I:うん、何て言うか、何かを待ち望んでいるような...。うまく言えないけど、とにかく、ぴったりはまった気がした。

もちろん、マシューさんもアイラさんも、子供のころ家に(当然、当時はアナログの)ステレオ・オーディオ・セット(Hi-fi)があったと思うんですけど、それはもう、生まれた時からありましたか? それとも、それが家に来たときの喜びや感動を覚えていたりしますか?

M:もうプレイヤーはあったよ。僕の両親は、ずっとノンストップでレコードを聴き続けていたから。まぁ、バロック・ミュージックだったけどね。ほとんどバッハ。それがずっと家の中に流れていた。それから父親が僕に、ウォレンサック社製のオープン・リールのテープレコーダーをくれたんだよ。僕は小さなFMラジオを持ってたんだけど、レコーダーを買ってもらって最初の1ヶ月に僕がしたのは、ラジオの傍に座って、「Dancing Queen」がかかるのをずっと待つってこと(笑)。まるで魚釣りみたいに根気強く待って、曲がかかるとそれを録音するんだ。...毎回、曲の後半半分になっちゃうんだけど(笑)。

I:僕の経験もすごく似てるよ。僕はソニーの一体型のデッキを持ってたんだよ。テープレコーダーとラジオが一体になってるやつ。それで気に入った曲がかかると、急いで録音ボタンを押すんだけど、最初の10秒ぐらいがいつも切れてる。今でもそういうテープを捨ててないけど(笑)。

今日これからラジオ番組の収録もあると思うんですけど、今みたいな話はラジオにもちょうどいいですね(笑)。

M:うん、いいね。

I:もう、僕の町で楽しいものっていったら、ラジオぐらいしかなかったからね(笑)。

M:僕と僕の姉もすごくよくラジオを聴いてたんだよ。本当に全部のラジオ局が好きだったね。ロックでもポップでもディスコでも。それである日、父親にどのステーションでいつどの曲がかかるかって予想をしてみせたら、それがあまりによく当たるから、父親が気味悪がってた(笑)。ラジオ局が4つあると、その中のどれかは常に当たってる、みたいな(笑)。次はこの曲はローリング・ストーンズだよ、こっちはダイアナ・ロスだよ、って。

アメリカってすごい数のラジオ局があるんですよね。

M:うん、特に大都市...ニューヨークではね。たくさんあるよ。オールディーズの曲や、新し目のロックのステーション、クラシック、イージーリスニング、ラテン、ジャズ、ソウル、R&B...。

I:うん、どれかには自分の好みがヒットするようになってる。この前気づいたんだけど、東京のFM局ってすごくFMの周波数の幅が狭いんだね。75から85までぐらいじゃない? ニューヨークでは、77から106ぐらいあると思う。僕はラジオをヘッドフォンで聴きながら、ドラムのプレイの仕方を学んだんだよ。アンテナが付いてるラジオのヘッドフォン。マシュー・スウィートのアルバム・カヴァーに出てくるような。当時、POJとNEWとPIXって3つの大きなロック・ステーションがあったんだけど、特定のラジオ局を聴きたければ、頭を特定の方向に向けないと、電波が入らなかったんだよね(笑)。ひどい話だけど。

すばらしいですね。まぁ、さすがに、ジャズとかR&Bはあれなんだけど、このアルバムにはすごく幅広く、古いロックから最近のロックまで、幅広くいろんなタイプの音楽が入ってますね。いろんなタイプの音楽をやりながら、それがみんなナダ・サーフの音楽になっているっていうのがおもしろいな、と。

M:うん、もちろん。僕らはただ自分たちにとって、すごく楽しくて、エキサイティングなことをやりたかったんだ。そのためには、宿題をやってるような気持ちでアルバムを作りたくなかった。一番僕らの音楽の象徴になっているような、そして一番僕らの音楽に影響を与えてきたものを網羅した完璧なレコードになった、って言いたかったのさ。そのためには、その瞬間の熱い気持ちを追いかけるしかない。たとえば最近すごく気に入っているバンド、ザ・ソフト・パック(12曲目)とかね。アーサー・ラッセル(4曲目)なんかは、カヴァーを作り始める1ヶ月前に人がくれたドキュメンタリー映画『Wild Combination』を見て、それがすごくよかったから採りあげた。それがきっかけになって彼をすごく聴いてた。他の曲は、みんなずっと聴いてた曲がほとんどだけどね。たとえばケイト・ブッシュの「Love And Anger」(6曲目)なんかは、あれがリリースになったときからずっと好きで...89年に出た作品だから、21年間好きでいるわけだけど。あ、あまりに有名な曲っていうのは、チョイスから外した。そういう曲がチョイスに挙がるたびに、僕は「ノー」って言い続けた。どうしてかそのときはわからなかったけど、今はわかるよ。そのときはダメって感覚だけでなぜか理由がわからないことが、あとになってからわかるってこと、あるだろう? 多分、有名な曲を入れたら、曲名を見ただけで「ああ、この曲は知ってる」って、聴いてもくれない人がいるんじゃないかな。それにもっと重要なのは、自分たちが楽しめるかどうかってこと。それにはあまり有名すぎない曲で、自分たち自身のレコードになるようなものを作った方がいいんじゃないか、って。デペッシュ・モードの曲なんかは有名な曲だろうけど、自分たちの曲みたいに感じられるほどに変化させているしね(2曲目)。とにかく自分たちにとって、おもしろいって思えるものにしたかったんだ。

I:自然な形でね。

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そういうことを今まさに聞きたかったんです。昔、2005年に出た『The Weight Is A Gift』のころ電話インタヴューしたときに、R.E.M.とかエコー&ザ・バニーメンやバーズみたいなバンドに根本的な影響を受けた、といったような話をそのときはおっしゃってたんで、そういうのは入ってないんだな、っていう話を、聞こうかな、と思っていたんで(笑)。

M:多分、完璧だと思えなかったんだろうね。たとえばエコー&ザ・バニーメンの曲に、「The Puppet」って曲があるんだけど、多分あの曲はいいカヴァーになったかもしれない。バーズだったら「She Don't Care About Time」かなんか。おもしろいだろうけどね。そういう影響って、僕らがどうやってそれを解釈するかにもよるよね。たとえば(ザ・ゴー・ビトウィーンズの)「Love Goes On」(3曲目)なんかは、オリジナルにはフラメンコみたいなブレイクが入ってるけど、僕はこの曲には、どこかに、ダーティーっていうか、ハードな部分が一カ所入っていた方がいいって思ったんだ。自分たちの曲を作っているとき、たまに"バニー・ブレイク"って呼んでるブレイクを入れることがあるんだよ。それはちょっとした曲の中でブリッジになるようなものなんだけど、(エコー&ザ・)バニーメンっぽい雰囲気のブレイクなんだ。(彼らのセカンド・アルバムに入っている)「Over The Wall」みたいな。突然曲が、何て言うかトランス...トランス・ミュージックじゃないんだけど、ドイツっぽい雰囲気のタフな感じに20秒だけなるような。そういう要素を採り入れたんだよね。20秒だけ、バニーメンをそこに隠しこんだ、みたいな(笑)。

(笑)ティーンエイジ・ファンクラブなんかは?

M:大好きだよ!!! 彼らのアルバムで、ものすごくはまって聴いてた作品があったんだけど、それって彼ら自身が『Songs From Northern Britain』と並んで、気にいってなかった作品らしいんだ。

(笑)彼らの曲のカヴァーは考えなかった?

M:考えなかったね。おかしいんだけど、曲には自分でプレイしてみたいって思わせる曲と、聴きたいって思わせる曲があるんだよ。そして、ティーンエイジの曲に関しては、サウンドもスタイルも作曲も全てが完璧で、自分でこれをカヴァーしたいって思う要素がなかった。何て言うか...。うまくは言えないんだけど、そういう感覚には従った方がいいんだ。曲を書いていても、どうしてそれがそうなったのかって、説明することはできないんだよ。500個ぐらい、何かを決めてそういうふうに作っても、どうしてそう決めたのかってことは、口では言えない。なぜそのコードじゃなきゃいけなかったのか、そのメロディだったのか。そういうのは、説明できるものじゃないんだよ。それにそういうのは説明する必要がないもの。ただ、やろうって言ってやるものなんだ。そういうのと同じだよ。昨日話してたんだけど、『If I Had A Boombox(ラジカセがほしいなあ...)』ってタイトルもありだったね、って。これから2年以内にやるかも。『If I Had A Cassette Tape(今ここにカセット・テープがあったら)』とか(笑)。

I:『If I Had A Cassette Tape』はカセットテープ限定で作らなきゃね。

M:実際、最近カセット限定で音源出す人もいるよね。

日本盤ボーナス・トラック6曲ををのぞく本編の一番最後(12曲目)に入ってる曲のオリジネイターであるザ・シリー・ピロウズ(The Silly Pillows)は、80年代や90年代にそれをやっていましたよね。実は僕、今回のアルバムについているあなたたち自身による曲解説を見るまで知らなかったんですけど、マシューのお姉さんは元シリー・ピロウズなんですって!?

M:うん、そう。

当時シリー・ピロウズのことが大好きだったんですよ。

M:えーっ、本当に!?

日本のインディー・ポップ・ファンの間ではけっこう人気があって。僕が当時フリーランスA&Rとして絡んでいたマイク・オールウェイさんも彼らのことが好きで、たしか彼をとおして、テイチクで働いていた僕の友達がコンピレーションCDを出して。編集とかでも協力した記憶が...。

M:ああ、あれ!! すごくワクワクする企画だったね! 日本で編集盤が出る、っていって。(シリー・ピロウズの首謀者)ジョナサンと彼女が結婚したとき、彼は僕に、2、3ヶ月に1枚レコード...っていうか、20曲ぐらい曲を入れたカセットもくれたんだよ。もう、本当にすごくいい作品だった。デモじゃなくて、4トラでちゃんと最後まで完成された作品を聴いたのも、それが初めてだった。すごく原始的な機材で、あんなに美しいポップ・ミュージックが作れるなんて、本当に驚きだって思ってたよ。

その友達っていうのは、僕のバンドでギターを弾いてたやつ(笑)。

M:へぇ、すごくいいね!

I:世界は狭いね。おもしろい。

ところで、ライナーノーツにザ・ソフト・パックやザ・ゴー・ビトウィーンズの曲は友達のニック・ランドラムが送ってくれた、って書いてあったんですが、彼はどんな友達なんですか?

M:彼は声優なんだ。ボブ・ディランの自伝の朗読もやってたね。ショーン・ペンのヴァージョンもあるけど、別ヴァージョンの方を彼がやってた。ちょっと複雑な話なんだけど、彼と知りあいになったのは、友達が住んでたマンションの下の階に僕が部屋を買おうとしていたときに、結局もっと信頼性があるからって理由でオーナーがその部屋を売ったのが、ニックだったんだよ。それで結局、知りあいになって友達になった。彼はただの友達で、すごく音楽の趣味がいい人ってこと。それで時々、「これは絶対聴くべき!」って彼が感動した曲を僕に送ってくれることがあるんだ。

そういう決して「特別」じゃない、音楽ファン同士の交流みたいなノリがこのアルバムにはありますよね。

M:すごくうれしいね。何がクールかっていうような考え方からは、なるべく離れているようにしてるよ。まぁ、何がクールかっていうのは理解するようにはしてるけどね。役に立つものではあるし、知ってて悪いことじゃない。でも、ものすごく意識したりはしないよ。ちょっとだけ。それであとは、自分自身の本当のフィーリングを大事にした方がいい。でも、そう言ってもらえてうれしいよ。ありがとう。

そういう意味では、例えばそういう特別なスペシャリストと普通な人たちの間に差はないみたいな感じで、日本盤には日本の人たちのカヴァーや、あなたたちの日本でのライヴもボーナス・トラックとして入ってて、国籍の差もない、みたいな。

M:うん、そうだね。そういう考え方は僕も好きだよ。2曲は勧められたものだけど、一緒にプレイしたこともあってすごく気に入ってたし、どの曲をカヴァーしたらいいか、アドヴァイスしてもらった。少年ナイフはずっと好きだったんだよ。「Bear Up Bison」は大学時代に聴いて、すごくクールだって思ったんだ。でも今はもっと日本の音楽を聴いてみたいって思ってるけどね。ジュリアン・コープが出してた日本の音楽に関する本、知ってる? 日本のサイケ・ミュージックの話が出てたんだけど、すごくクールだったね。

昨日もアジカンの後藤さんと話してたんだけど、日本ではわりと邦楽ファンと海外の音楽を聴くファンが分かれちゃってるようなところも一時期あったんだけど、段々それが混ざってくればいいし、最近実際それが混ざってきてるような気がするって...。まぁ、少年ナイフなんかは当然として、アジカンとかスピッツのカヴァーがすごく自然にナダ・サーフの音楽になってるっていうのは、そういう意味でいいですね。

M:うん、もしそういうことが今起こってるなら、すごくいいタイミングだったんだろうね! そういうのに僕らも参加できたらうれしいね。

グッド・タイミングだろうし、そういうのをさらに引きおこすトリガーみたいな。

M:クールだね! こういうことをして一番楽しいのは、聴いた人が「今度はオリジナルを聴いてみます」って言ってくれることだし。すごくクールな気持ちになるよ。自分がラジオ局になったような(笑)。DJになったように。

今日はできれば、カヴァーで採りあげたアーティストたちの話を少しずつ全部話をしたかったので、ここからは歴史的に古いものから聞くと、ムーディー・ブルースがパワー・ポップっぽいアレンジになってる(9曲目)のはすごくおもしろいな、と。

I:元々は僕のアイディアだったんだよ。僕のリストでもトップに入ってた曲だったけど、クラシックなロック・ソングでバイオリンやいろんな楽器が入っているものを、どうやってプレイするかっていうのが難しいこともわかってた。それをしばらく聴きながら自分でギターを弾いていて、ふと、ストゥージズみたいにプレイしたらいいんじゃないかって思ったんだよ。それであの曲を、ストゥージズふうに料理することになった。

M:うん、そう。まぁ、おもしろかったね。いくつかは本当に自然に浮かんできたものだった。たとえば、(ビル・フォックスの)「Electrocution」(1曲目)や(ドゥワイト・トゥイリーの)「You Were So Warm」(5曲目)なんかは、全然考える必要もなかったんだよ。元々のアレンジがあまりにパーフェクトで、それをごちゃごちゃといじったりはできなかった。

どちらも、一般的にはマイナーだけど、パワー・ポップを代表する名曲ですしね! この...内ジャケットのデザインもすごくおもしろいんだけど(注:内ジャケの見開き状態をスキャンした下左画像参照)...。クラシック・ロックと言えば(注:下左画像の、「左ページ」の「絵」を指さして)これはCSN、ですかね(笑)。

I:まさに(笑)。いやー(今回のプロモ来日には残念ながら同行できなかった)ダニエルって、デヴィッド・クロスビーそっくりだと思うんだよ(笑)。

M:(笑)

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でもって(注:上左画像の、「右ページ」の「左上の絵」を指さして)これは(ピンク・フロイドの)有名な写真...『Ummagumma』の頃のやつ(さまざまな楽器類や単に音を出す道具などを道路にずらりと並べているもの)ですか(笑)?

M:うん、そう! 実際これは、こういう写真を作ったんだ。

マジっすか(爆笑)!

M:ニュー・ジャージーの駐車場だったんだけど、メインストリートではバイクの集会をやってて、僕らがポーズを取っていると、でかいハーレーにまたがった男たちが僕らが明らかに何かやってるのを見て、「何やってんだ?」って寄ってくるんだよね(笑)。そういう写真も撮ったよ。ウェブサイトかなんかに載せた方がいいね。

I:最初はそういうのをシリーズで撮って、アルバムのアートワークに使いたいって思ってたんだよね。CSNやアメリカ(というバンド)の真似をして...鏡を手に持って抱えながら...。

ああ(笑)。

M:それで夕方ビーチまで行って、太陽が沈んで月が昇るのを待ってなきゃいけなかった。すごくクレイジーな話だよ(笑)。

I:もう本当に、できる限りのことをやったんだよ(笑)。行けるところに行って、ロケハンして。

M:でも、一度手で描いた絵が出てきたら、今度は全部手で描いたものになってしまった(笑)。

I:でもそういう写真はプロモなんかで使ってるけどね(注:上右の画像参照!)。

(笑)ムーディー・ブルースの変なカヴァーと同じようにおもしろいですね!

M:うん、まさに。

でも一方、さっきおっしゃってた1曲目のビル・フォックスやドゥワイト・トゥイリーとかは、もう本当にストレートな感じで。

M:うん、やっててすごく楽しかった曲。レコード全部をああいう感じにしちゃったら退屈になるかもしれないけど、時々ああいうのが入ってるとまるで食後のデザートみたいに楽しめる(笑)。

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ライナーの説明で、ドゥワイト・トゥイリーはカレン・グラウバーって女性の人に勧められたって話が出てくるんだけど、あなたは(パワー・ポップにカテゴライズされることが多い、オーストラリアのバンド)フードゥー・グールーズ(Hoodoo Gurus)が大好きで...みたいなエピどードがそこに書いてあって、僕もすごくフードゥー・グールーズが大好き(笑)! 彼らの曲もやってくれたらよかったのに。「I Want You Back」とか「I Was A Kamikaze Pilot」とか(笑)!

M:彼ら、最高にクレイジーだよね! 昔ニュー・ジャージーのウィンター・アワーズ(Winter Hours)ってバンドの仕事をしたことがあるんだ。レコード・ランナーってレコード・ショップのオーナーと友達になったんだけど、それがウィンター・アワーズのギタリストだった。彼のところで働きだしたとき、彼はツアーに出ることになった。それがフードゥー・グールーズのオープニングだったんだよ! 『Blow Your Cool!』(1987年の傑作!)の前だったね。僕は17歳だったかな。とにかく、彼は僕がクレイジーなフードゥー・グールーズ・ファンだって知ってて、ローディーやらないかって持ちかけてきた。...もちろん、彼らはクールですごい人たちではあるんだけど、ギャラはくれなかったな(笑)。僕もそういうことでお金をもらえるんだって知らなかったしね。「え、ツアーに来るのっ!?」って自分で電車のチケットを買って、ナッシュビルまで行ったんだよ。すごくいいツアーだったけどね。『Blow Your Cool!』ではちょっとオーヴァー・プロデュースなところがあったんだけど、曲は素晴らしかった。それを生でピュアなラウド・サウンドで聴けたのは、最高だった。

おお、僕はライヴを見たことないし、今の意見にも賛成だし、うらやましいです。ところで、ウィンター・アワーズって...(パティ・スミスやテレヴィジョンとの関係で知られ、傑作コンピ『Nuggets』や『Rainy Day』の編纂で知られる)レニー・ケイがプロデュースしてませんでしたっけ...?

M:そうだね、3枚目か4枚目。

ですよね! そのアルバム、リリースされた頃、ある雑誌のためにレヴューを書いたの覚えてますよ(笑)。

M:すごいつながりだね。僕の姉さんに、昔のボスに(笑)。

非論理的なまでに奇妙ですね(笑)。そしてスプーン(7曲目)。彼らもあなたちもエレクトラ(というメジャー・レーベル)に切られたことがあるというエピソードをライナーで読み、なるほどと思ったんですが、そういうことは別にして、バンドとしてもスプーンは好きでしたか?

M:うん、もちろん! 1枚目の『Telephono』から好きだったね。それに、彼らのバンドとしての進化もものすごくおもしろい。ピクシーズみたいな、音数を抑えたシンプルなサウンドから、今みたいにすばらしく複雑な音楽を作りだしたような。信じられないよ。前のレコードのアートワークも、最高だったしね。彼らは本当に確固たる立ち位置を築きあげてきてるよね。彼らのことはずっと好きだったけど、あのシングルが出たときは、最高だと思ったな。僕はイヤーワックスって名前のレコード・ショップで働いていたんだけど、見てすごくうれしくなったね。タイトルもおかしかったし、僕らもまったく同じような経験をしたし。それから彼らの『Girls Can Tell』がリリースになり、それがすごく評価されているのを見て、僕らもこういうふうにできるはずだ、って思ったんだ。自分たちのやり方でレコードを作って、自分たちが好きなレーベルに所属して、再び評価されるようになる、自分たちがずっとやりたかったことをやりながら、ゆっくりと確実に進化していくんだ、って。

スプーンもそうですけれど、あなたたちも今ではばっちりな存在になって、そういう経験を乗り越えられてよかったですね。

M:ありがとう。うん、そうだね。僕らは似たような道をたどった。メジャーに拾われて、大喜びしたのもつかの間、ぽいって捨てられてね。

というか、それより、今は(とくに欧米では)もう「中堅」以上のビッグな存在になっているところが素晴らしい、という...! 2005年にインタヴューしたときに少しウィーザーに似てるって話が出てたんですが、ウィーザーをやるってアイディアは...ありませんでしたよね?

M:ノー。彼らの最初の数作は好きだったけどね。多分理由は...彼らとあまりによく比べられて...長い間かけてそういうイメージをぬぐいさって、やっとみんな僕らの音楽をウィーザーと比べたり、「Popular」について書いたりしなくなったところなのに...って(笑)。あの曲のことは誇りに思っているし、悪いわけじゃないけど、やっと〝僕ら〟のレコードってことで買ってくれる人たちができて、上辺の情報...眼鏡だとかプロデューサーとか...だけで判断しないようになってきてたのにさ。

そういう答えを期待していたので、変な質問をしちゃってすいませんでした。他のカヴァー・アーティストの話に戻りますと、日本の人もいますけれど、スペインのメクロミナ(11曲目)やフランスのコラリー・クレモン(8曲目)なんかもいて、インターナショナル・インディー・コネクションって感じですかね。

M:まぁ、あまりに自分たちが楽しいだけのチョイスでもどうかとは思うけど、そういうコネクションがバンドにもあったから入れたんだ。僕は子供時代の多くをフランスですごしたし、ダニエルはスペイン出身だし、フランスにいた時期もあった。とにかく、そういうチョイスを入れることも、いいなって思ったんだよ。本当に、ただ、自分たちがやりたいやり方でこのレコードは作ろうって思ったからね。もし僕らのオリジナル・ニュー・アルバムで、フランスやスペインの曲をやってたら、ちょっとそういうのが人目を引くかもしれないけど、ファンはなんだかちょっと引っかけられたような気になるかもしれない。でもこのレコードは楽しみのためにやってるものだから、もっと自由に何でもアリな感じで作りたかったんだ。

コラリーさんは前のアルバム...オリジナルとしての最新アルバム『Lucky』にも参加してたようですが、どうやって知りあったんですか?

M:昔、フランス人のマネージャーがいたんだよ。彼はベンジャミン・ビオレーとすごく仲がよかった。それで彼と知りあいになったんだけど、ダニエルはコラリーと恋人になって3年ぐらいつきあってたんだよ。彼女とはずいぶん長い間、いろんなことを一緒にやったりしてすごした。最初は友達として、それから音楽的にもお互いリスペクトするようになった。ダニエルは彼女のアルバム『Bye Bye Beauté』に、何曲か書いてるよ。ベンジャミン・ビオレーには僕らのシングルをフランスでプロデュースしてもらったりした。一回パリですごいショウをしたことがあるんだ。彼に3、4曲のストリング・パートを書いてもらったんだよ。彼のメロディのセンスって、すごく変わってておもしろいんだ。このコードにはきっとこういうきれいなストリングスが、って思ってると、「何だ、こりゃ?!」って思うようなメロディが流れてくる(笑)。リハで初めてストリングスのカルテットと一緒にあわせることになって、そこで初めてメロディを聴いたときは...ビックリしたね(笑)。

I:彼は何日もアレンジのことを考えてくれてはいたみたいなんだけど、実際何も書いてはいなかったんだよ。自分の家を出てタクシーに乗って、ヴェニューに向かっている間にタクシーの中で書きあげたって言ってたね。それで現場に着いて、2、3つ手直しするところはあったらしいんだけど、もうそれで完成、って。

M:その話は知らなかったな。多分、タクシーが急ブレーキを踏んだときに書いたメロディに、僕がつまづいたのかな。うわっ! って(笑)。

(笑)いろんなバンドの話をうかがってきたんですが、これで全部網羅したかと...。最後に...彼らの名前をもう一度挙げれば、ザ・ソフト・パックが入っているっていうのがうれしかったんですよね。今年アルバムを聴いた(僕にとっての)ニュー・フェイスの中で、最高にいいバンドのひとつだなって思ってた。

M:これもニック・ランドラムが勧めてくれた曲なんだ。アルバムの前のシングルは持ってる?

いや、恥ずかしながら、シングルは持ってないです...。

M:おもしろいジャケのやつがあるんだよ。真っ白で、中には暗い写真のコピーが入ってて...。メンバーのひとりのおじさんが、昔警官をやってたんだって。それでカヴァーを20枚くらい重ねて、拳銃で3発ぐらい穴をあけた。最初はドライバーかなんかで開けたのかと思ったんだけど、実際の拳銃だったって。それでそのあたりを真っ赤に塗って...。それを見ただけで、こいつらはちょっと違う、って感じられた。

最高!

M:彼らのアルバムは僕の今年のお気に入りになったし、もし今僕が16歳なら、すごい衝撃を受けてたと思うね。最高のバンドだ! って。ちょっとジョナサン・リッチマン&ザ・モダン・ラヴァーズみたいな感じがあるね。すごくよく考えられた歌詞とロックなサウンドが。すごく歌詞がおもしろい。

アルバムのプレス・リリースを見たら、若いんだけどR.E.M.とワイヤーが好きって書いてあって、なるほど、と(笑)。

M:それ、おもしろいね(笑)。なんかわかる気もするけど。

それって、僕らが子供のころにいれこんでたものじゃん、って。

M:うん、まさにそうだね。おかしいね。

若い子がそんなの聴いてるのはおもろいですよ。

M:うん、そうだね。まるでスノウボール・エフェクトみたいな(雪だるまみたいに転がりつつ大きくなっていくような)ものなんだろうね(注:ちなみにアジカン後藤氏がインタヴュー中で「時限爆弾」という言葉で表現していたことと遠くない意味を持つ発言だ。おもしろい)。それでそれを、14歳が耳にするようになるんだ。僕は姉がいて、いろんなものを僕に与えてくれていた。彼女も誰か別の人...大学が運営していたラジオの音楽ステーションのディレクターから、いろんな音楽を聴いてきていたよ。僕はラッキーだったね。みんなが親切に、いろんなものを勧めてくれて。人から人に、そうやってずっと音楽が伝えられていく。もう何年も見てはいないけど、ソニック・ユースのショウに行った時、12歳ぐらいの子が見に来てたんだよ。どうやってこういう音楽を知るの? って思った。ニルヴァーナから入ったのかもしれないけど、すごいなって。『Washing Machine』(をソニック・ユースがリリースした)期だったけどね。最初のヴァイオレント・ファムズのレコードも、ゆっくりと売れ続けた。一時に爆発的に売れたことはなくても、1999年に、100万枚売ったらしいよ。

そうなんですね! ヴァイオレント・ファムズも死ぬほど好き(笑)。(デンジャー・マウスが以前やっていた)ナールズ・バークレイもカヴァーしてましたね。

M:うん、あれも楽しかった。

90年代には(スウェーデンの)ワナダイズもカヴァーしてました。

M:そうだね!

そういったカヴァー同様、このレコードも、雪だるまみたいに、いろんな人にいろんな音楽を勧めて広げていく1枚になりますね。

M:いいね。僕らはそうやってたくさんの楽しいことを経験してきたから、そんなふうに、たまには返せるものがあるといいね!

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 この取材の数時間後、彼らは渋谷タワーレコードの地下1階に(一応まだちゃんと)あるイヴェント・スペースで、アコースティック・ライヴをおこなった。ザ・ゴー・ビトウィーンズのカヴァーなどニュー(・カヴァー・)アルバムからはもちろんのこと、数々の名曲も、ひと味違うアコースティック・アレンジで披露してくれた。うー、感動...!

 今回の記事で使用したライヴ写真は、すべてそのときに撮影されたものだ。マシューのMCで、ひとつすごく泣けるものがあった。「インストア・イヴェントって聞いてたから、てっきり普通のレコードが並んでる前でやるのかと思ったら、こんなすごいスペースで、お客さんもこんなに集まってくれて、本当に感動してるよ。あと、ぼくらにとって"この場所"でできるのが、うれしいってこともある...。だって、ぼくらのところ(合衆国)では(子供の頃から慣れ親しんできたのに)もうタワーレコードは存在しないから...(注:発祥地である合衆国のタワーは数年前に倒産している。日本ではまったく別法人が経営しているので、なんとか難を逃れた...)」。ある意味『If I Had A Hi-Fi』のコンセプトに通じるようなMCだった。

 そして、やはりその日のMCで(マシューは知らないけど:笑)アイラが1963年生まれと(ぼくの聞き違いでなければ)知り、ますます親近感が沸いた。なぜ? 俺と同い歳なんだー。若く見える(笑)。カッコいい!



2010年6月
取材、文/伊藤英嗣
通訳協力/伴野由里子
翻訳/中谷ななみ

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