キセル『凪』(Kakubarhythm)

|
kicell_nagi.jpg
 音がひょっこりと現れる。こてん、と尻もちをついて、ころころ転がる。時にはちいさな雲みたいにゆらゆら揺れる。キセルの音楽はいつだって人懐こくて、手を伸ばせば触れられそうなほど身近にある。約2年半ぶりのアルバム『凪』もまた、警戒心の無い小動物みたいに聴き手にとことこ寄ってきて、音との遊びに誘ってくる。このフォーク・ミュージックは辻村豪文と辻村友晴の兄弟ユニット、キセルにしか作れない。

 ほのぼのとした『凪』を再生した途端にジャケット同様の涼しげな草原が目を閉じれば瞼の裏に浮かんでくる。カーテンを開ければその風景が目の前に現れるんじゃないかと思ってしまえるほどに。ゆっくりと歩いているような速度の楽曲のメロディは和やか。ゆるやかな曲線を描いているようなメロディに肩の力が抜けた歌声が乗っていて、メロディと歌声に沿ったアコースティック・ギターのサウンドがふわっとヴォーカルの上で広がり、浮かんでは消えていく。まるでキセルの二人が草原にすとん、と腰を下ろして太陽と一緒に歌っているみたいだ。

 本作は過去の作品と比べると、かなり音数が減り、ほとんど装飾されていない。「穏やか」という意味を持つアルバム・タイトル『凪』がそのまま反映されている。思えばキセルの作品のタイトルは音楽性を表していた。ファースト・アルバム『夢』で夢の世界をさまよい、セカンド・アルバム『近未来』で未来を想像し、続く『窓に地球』で未来を描いた。そんな彼らが『旅』を終え、『Magic Hour』の体験を経て、ひとまわりも、ふたまわりも成長した。そうして行き着いたところがリズム・パターンの多彩であっても、あくまでシンプルに聴かせるフォーク・ミュージック『凪』だったことは、高田渡を愛するキセルらしい。彼らは様々な要素を取り入れることが音楽性の高さに繋がる風潮があるシーンの中で、装飾に頼らない音楽の大切さを訴えている。

 手作り感覚の、輪郭がはっきりとした音の一つひとつと漂うような歌声の相性の良さが、音数を少なくしたことでより強く表れ、特に、ひゅーん、ぽろろん、という何気ないサウンド・エフェクトが、ベース音を強調した3曲目「夜の名前」で効いている。なおかつベース音には程よく湿った土を踏むような弾力があって気持ちがいい。わずかにサイケデリックな辻村友晴作曲のインスト「見上げる亀」を中盤に挟み、哀感ただよう「星のない夜に」への流れは曲名どおり夜の到来を告げ、続く「夕凪」では人との別れを歌う。曲順もよく練られていて、聴き手を飽きさせず気付けばディスクが回るのをやめている。

 弾き語りに近い本作の中にいるキセルの二人には隠すものなど何もない。天気の話でもするような調子で音を奏でる。過去の作品よりも自由に、平和に、なにより分かるか分からないほど静かに感情を込めて。その姿勢がごく自然に出会いの喜びや別れの哀しみを音に宿らせ、キセルの核にあるシンガー・ソングライターとしての気質をより浮かび上がらせている。そして二人の人間性まで伝わってくるのだ。もしフォーク・ミュージックが人間性を映す鏡だとしたら、キセルは一音に自分を宿せるまでに成長した。もうキセルは『夢』の中にはいない。『近未来』にもいない。生活の中にいる。それが、彼らが選んだ場所なのだ。かわいらしくて素敵な、でもほんの少し哀感を含む音楽。劇的な感動はないけれど、誰もがやさしい気持ちになれる。誰もがほほ笑む。だから聴きたくなる。だから聴いてほしいなと思う。

retweet