スパングル・コール・リリ・ライン『View』(Felicity)

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 いとうせいこう氏がヒップホップ黎明の時期に発表した「Mess/Age」という曲は知っている人も多いだろうが、それは70年代の後半にNYで誕生して、USで80年代以降に台頭したヒップホップの持つ内在的なややこしさ、切実さ(例えば、人種差別の壁や経済格差の問題)を形式的に、ラングとパロールの対立軸を脱構築して、問題性から日常的抽象性にスライドさせた意義として大きかった。

 社会的に共有される言語上のコードと、個人的側面の言語運用の解析をした結果、日本ではゲットー的な何かとは、「仮想化」されるべきものでしかない部分もあり、ハードな表現するには、どうにも「大文字の他者(Grand Autre)」が許さなかった。としたならば、小沢健二&スチャダラパーの「今夜はブギーバック」やフィッシュマンズ「Baby Blue」の「何も言ってなさ」が現在進行形でずっと残り続ける意味は容易に解析出来るだろう。

 つまり、日本という磁場で「何かを言う」には「何も言わない」周到な自意識の回避が付き纏うということである。集団的な自意識をポスト・コロニアル化してくる大きな言葉や物語に当惑している時間よりも先に、積極的に「Mess=混乱」「Age=世代」として切り分けるしかない導線の上での綱渡りを試行する為には積極的に「黙る事も雄弁」であり、ラカン的に、どうやっても言葉では現実そのものは語れないが、同時に、人は言語を用いないと現実を切り取れないからだ。人が言葉と出会う事は、「不可能なもの」だ。

 98年にデビューしたSpangle call Lilli lineが10年以上に渡って創り上げた音像には美しさと静寂が同居していて、エレクトロニカとバンド・サウンドの有機的な組み合わせとポスト・ロック性、は軽佻浮薄な日本の音楽シーンの中でエコーのように現前し続け、その雄弁な沈黙の行間から滲み出る意味はとても批評的だった。また、例えば、僕のような、シカゴ音響派勢で言うトータス『Tnt』、ザ・シー・アンド・ケイク『Oui』、サム・プレコップ(Sam Prekop)『Sam Prekop』、タウン・アンド・カントリー『It All Has to Do with It』辺りの質感を愛する者にとっては、彼等のセンスの良さと、声の小ささにはいつも胸躍らされたし、日本では貴重な存在だという認識を持っていた。

 12年目に入った今年、その沈黙がどんどん大きな声にアンプリファイドされていっている事を感じる。先ず、相対性理論の永井氏をプロデューサーに迎えてのシングル「dreamer」のポップさと麗しさは今までにない開け方があり、それまで門外漢だった人たちも多く巻き込んだ。ちなみに、僕は相対性理論というバンドも小声の素晴らしさを持つバンドという印象があり、そこに鏡像性を持ち込むか、「対象a」的に捉えるかしかない部分があり、オタクやサブカル文脈で回収される意味が分からない所があるのだが、今回、永井氏とSpangle call Lilli lineの化学反応がとても良い形で、健康的な奥行きの深さをもたらすことになったのは、素直に嬉しかった。そして、セカンド・アルバム『Nanae』以来、8年振りに組んだ益子樹氏と組んだ新作の『View』はとてもユーフォリックで祝祭的な輝きを放っている。アッパーで派手な幕開けを示す「eye」、カントリー調のリラックスした「Shower Beige」。その他、これまでの彼等の持ち味が存分に発揮された曲が陽的に提示されているが、いつも通りの浮遊性とポップ感に、今回は大人の成熟、色気が加わっているのは大きい。今までに比べ、ボーカルの大坪女史のキーを抑えた歌唱が効いているのかもしれないが、全体に独特の艶美さがある。そこに、益子氏が意図しただろうストリングスが大胆に絡んでくる快楽は大きい。ともすれば、アルバム・リーフ、カイト(Kyte)の新作との共振さえ感じるこのドリーミーなムードはなかなか稀有なサウンド・センスを持っていると思うし、これだけポップに開けながらも、やはり限りなく小声な佇まいも素晴らしい。

 6月にはtoeの美濃氏と組んだアルバム『forest at the head of a river』が早速リリースされる。その前に、リキッド・ルームでのライヴがあるが、そこで当面のライヴ活動自体の中止を宣言しているので、とても自覚的な形でのこのリリース・ラッシュと作品の方向性の舵取りを決めたのだろうが、この充実振りを看過するのは勿体ないと言える。

『View』には劇的に世の中を変える大袈裟な仕掛けもこれみよがしなフェイクもないし、大きな意味は無く、彼等の来し方をずっと愛してきた人にはささやかなプレゼントのような作品かもしれない。ただ、3D映像用の眼鏡のような現実を仄かに浮かび上がらせるスペクタクルがある。そのスペクタクルは巷間に溢れるダイナミズムの力学を忌避する類のものであるのは言うまでもないだろう。

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