トクマルシューゴ『ポート・エントロピー』(P-Vine)

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 本作『Port Entropy』はトクマルシューゴの最新作にして、これまでのキャリアの一つの集大成であり、現時点での紛れもない最高傑作である。正直、感動した。圧倒された。

 たとえば。彼と同時代を生きるバンドであるダーティ・プロジェクターズもキャリアの初期をひとりぼっちの、ややコミュニーケーション不全的なローファイ・ポップからスタートさせたが、『Rise Above』にて女性シンガーと強靭なバンド・メンバーを従えるスタイルに転向、絶妙な配置をすることでストレンジなソウル・ミュージック像を提示し、そのスタイルを次作の『Bitte Orca』で完成させた。

 しかし、トクマルはライブにおいては(もちろん、私生活などにおいてもそうだろうが)多くの仲間に支えられつつも、ことアルバム制作においては「ひとりぼっち」に拘り貫いたまま、以前からの彼のスタイルである箱庭型トイ・ポップを洗練に洗練を重ね、理想的な形で提示している。ある種絵本的な、純度の高い音の妄想空間がここでは広がっている。

 これまでどおりのプライベートな音像でありながら実にリスナー・フレンドリーな肌触りであり(こちらの慣れもあるのかもしれないが)、Ele-Kingのサイトに掲載されている岩崎一敬氏の本作へのレビューにおける「初期の作品で描かれていた風景は、どちらかと言えばトクマルの脳内を覗いているような感覚があった。新作は彼がCDの中に箱庭をつくった、そんな感じだ」という一節は実にこの作品についてよく言い表している。手招きにつられて部屋に入って、そのまま居座っても笑って許してくれそうな居心地のよさというか。

 先にリリースされたEPにて既に発表されていた「Rum Hee」は、彼が前作アルバム収録の冒頭曲「Parachute」以上に「真っ当な」ポップ・ソングを書けるようになったことを証明した、印象的なフレーズのリフレインとリズム・パートのダイナミズムが心地いいナンバー。「River Low」や「Drive-Thru」といった曲では手癖ともいえる小慣れたメロディとともに彼の十八番的なトイ・ポップが展開されている。以前の作品ではやや線の細さも目立ったが、本作は「Straw」のような音圧の太さの目立つ楽曲も収録されていている。

 にしても、多種多様の音が鳴っている。先日、彼が特集され話題になったNHK「トップランナー」番組中でも披露された、観客も交えた非楽器による即興演奏には観ていて圧倒されたが、あのとき見せた鮮やかな手つきでもって膨大な数の楽器・非楽器が演奏、録音された様子が目に浮かぶようだ。

 カラフルな音色の有機的な配合とその整頓具合、近年のブルックリン勢にも通じるひねくれた感覚・曲進行、そして自身の夢から着想を得ることが多いという風変わりな歌詞、爽やかな歌声。アルバムは一寸の隙もなく、37分弱という収録時間も繰り返し聴き返すのにちょうどいい。彼の音楽が既に広く世界中の賞賛と支持を集めているのは周知の通りだが、それらがまったく過大評価ではないことはこの作品に耳を傾ければ簡単に理解できる。

 ただ、贅沢をいえば。この作品は傑作であるが、想定外の作品かというとそうでもない。

 先日、本人がパーソナリティーを務めたUstreamでのプロモーション番組において、(何ともミスマッチで愉快なゲストであった)ロマンポルシェ。の掟ポルシェ氏が彼の音楽性について「Charaみたいな」と、ポロっとこぼしていたのが僕にはとても印象的であった。

「Charaみたいな音楽」の良し悪しも、実際にトクマルシューゴの音楽がそういう音楽なのかどうかもここで論ずるするつもりはもちろんないが(僕はそこまでとは思いませんよ!)、彼の幼馴染にしてライブにおけるバンド・メンバーでもある盟友、シャンソンシゲル氏のデザインした本作のジャケットにせよ、過去の作品と比べてもやや安全な「オシャレ」に迎合しすぎている気がしないでもない。

 もしそうだとして、音楽が広く聞かれるための選択としてそれももちろん間違いではない。しかし、iTunes Store上で既に公開されている彼の選曲したプレイリストや、本人が日頃から言及している、敬愛する音楽家やバンドの名前を眺めてから本作を聞き返すと、どうも本人の資質や志向性とは別の安全すぎる方向に進み、リスナーからもやや無難な消費のされ方をしているように映る。

 もっと露骨に書けば「たまには毒も吐いてよ、トクマルさん!」というか。前にも"草食系男子コンピ"『Sweet Voices - Gentle Boyfriends』に楽曲が収録されたりもしていたが、なんかそういうのだけじゃなくて! スマートな姿勢だけでなく、もっと感情や皮肉も露わにしたシンガー・ソング・ライターとしてのトクマルシューゴだって見たい。そういう性格ではないのかもしれないけど、結構似合うだろうし面白いと思うんですが。

 それに比べると最近活動を再開した、彼と彼の幼馴染によるバンド、ゲラーズの風通しのよさとメンバー間の緩いノリのほうに僕はどうしてもシンパシーを抱く。先日観たライブにおいても、楽器の弦はすぐに切れ、MCもグダグダで、演奏も勢い任せであったが、そのぶん「何が起こるかわからない」空気がフロアに満ちていた。その危なっかしい刺激こそが、音楽のもたらす感動と直結しているようにも思う。

 それこそ、彼のようなコントロール・フリークの箱庭型ポップ職人であれば(だいぶ例えは古くてすいませんが)、過去にはトッド・ラングレン『魔法使いは真実のスーパースター』(敢えて邦題で)や、XTCの『Big Express』のような、過剰にアイディアを詰め込みすぎてリスナーを突き放すような歪すぎる怪作も世に放たれている。本来は優れたメロディ・メイカーでもある彼らが放った、ああいった狂気の沙汰のようなスリリングなポップ・ミュージックも、彼なら涼しげな表情のまま平然と作り上げてしまいそうで、才能が図抜けているだけにどうしてもそういう方向にも期待してしまう。

 繰り返すが、本作は彼の現時点での最高傑作であり、一寸の隙もない充実した音楽作品である。彼の現行のスタイルは完成間近で、円熟期すら迎えつつある。トクマルシューゴはそのルックスもあって、小沢健二以来の、日本の音楽シーンにおける待望の「王子様」だと言い出す人も出てくるだろう。王子様なら多少のご乱心を見せてもファンは笑って支持してくれるのではないか。ひとまず足場が固まったなら、次はポップ・ジーニアスの壊れた姿も一ファンとして見てみたい。

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