旅するバイオリニスト

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 冬だった。僕はコートの襟を立て、首をすくめ、西荻窪駅の改札口を出た。駅前は会社帰りのサラリーマンや女子高生、買い物帰りの主婦で溢れている。彼らや彼女達のしゃべり声、電車の音が嫌に耳についた僕はCDウォークマンのイヤホンを耳に突っ込もうとバッグに手を入れた。その瞬間、かすかではあるが、バイオリンの音色が聞こえてきた。

 どこかの店がラジオでも流しているのかなと思ったが、駅の路地を出るとバイオリンを持ったひとりの白人男性が立っていた。年は三十代半ばに見える。すらりと背が高く、高級そうな黒い紳士服を着用し、顔は端正だ。彼の仕草、振舞いは、まるでクラシックのコンサート会場から飛び出てきたようだった。演奏を一通り終えると彼は丁寧にお辞儀をし、周りに集まった人々に文字が書かれている青い紙を手渡していた。集まっていた人々と言ってもわずか5人程度だが。

 紙には「ヤレック・ポヴィフロフスキ」と書かれている。名前のようだ。僕は全く知らない。経歴も書かれていて、首席で有名な音楽大学を卒業し、権威ある賞も取って、かなりのエリートなのだが、「音楽をコンサートホールに閉じ込めてはいけない」という持論から様々な国を転々とし、路上で演奏をしているとのことだ。笑顔を忘れず、聴き入っている人々に愛想良く振舞う彼の紳士的な佇まいに好感を持った僕は足を止め、しばらく演奏に耳を傾けた。

 新宿駅を出た辺りでロック・バンドやどこかの国の民族音楽を演奏する人たちを目にするが、たったひとりでバイオリンを弾く人は見たことがなかった。外で演奏するということは、当然騒音も入ってくる。車の音。電車の音。人のしゃべり声。決して音が大きいとは言えないバイオリンを外で弾くことは、周りの雑音によって音がかき消される可能性が高いわけで、ある種、自殺行為のように思えた。それゆえ、ジョン・ケイジのように雑音をも音楽として捉え、自分の音楽に取り込むような演奏をするのか、もしくは即興演奏をするのかな、と思ったのだが、全くそのような素振りは無く、有名なクラシックの楽曲を楽譜どおりに演奏していた。三分か二分に一度の割合で、ガタンゴトンと電車の音が不器用に聞こえて来る。その度、バイオリンの音はかき消される。全くと言っていいほど聴こえない。僕は外でバイオリンを弾く意味を解せなかった。

 そこで一通り演奏が終わったとき、僕は片言の英語で尋ねてみたのだ。「なぜ外で演奏するんですか?」と。きっと皮肉に聞こえたのだろう。彼の表情は一変した。文字通り全身のジェスチャーを交え、「何を言っているんだ! どこで演奏したっていいじゃないか。僕はただ、みんなに聴かせたいだけなんだ!」。そう説明してくれた。いや、訴えたと書いた方がベターかもしれない。僕は英語が苦手であるから意訳ではある。ただ、彼の表情は真剣だった。

 そうなのだ。元々音楽は生活に密着したカタチで存在し、鼻歌や口笛や、それこそ人がなんとなくリズムに乗って膝を叩く音が音楽であったりした。音楽評論家の小泉文夫氏は代表的な例として「わらべうた」を挙げている。どこで演奏したって、どんな音を奏でていたっていいのである。つまり、「音楽=CD」「音楽=コンサート会場で聴くもの」という概念は音楽を商業または芸術として捉えて初めて出てきたものなのだ。音楽はCDやライヴだけではない。小波の音を音楽として聴く人がいるし、東南アジアにはにわとりの声を音楽として聴く人が存在する。僕らは、いや、もしかしたら僕だけかもしれないが、音楽はCDに収録されているもの。ライヴ会場で演奏されるもの。そんなふうに音楽を物凄く限定された世界に押し込めてはいないだろうか。

 もちろん音楽が芸術、そして商業として捉えられたことで発展してきた部分は大きい。CDもレコードもラジオもなかったら、僕らはここまで音楽に夢中になることはなかったかもしれない。だが、発展したがゆえに、芸術や商業として捉えられるようになったがゆえに、リスナーに優劣を付ける風潮があるのも事実だ。なんだか、それが、哀しいのだ。

 ヤレック・ポヴィフロフスキ。彼が西荻窪駅前で奏でたバイオリンの音色は人々の心に届かなかったかもしれない。無視して通り過ぎた人も多くいただろう。それでも彼は今も世界のどこかでバイオリンを弾いている。「音楽をコンサート会場に閉じ込めてはいけない」「音楽とは自由だ」という意思を込めて。

 だが、その演奏に聴き入っていた僕の右手には、見事にパッケージングされたCDという名の商業音楽が、「NO MUSIC NO LIFE」と書かれた黄色く眩しい袋とともにあった。

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