MAMALAID RAG『Spring Mist』(Aldente)

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「情熱の大半には、自己からの逃避がひそんでいる。何かを情熱的に追求する者は、すべて逃亡者に似た特徴を持っている。情熱の根源には、たいてい、汚れた、完全でない、確かならざる自己が存在する。だから、情熱的な態度というものは、外から刺激に対する反応であるよりも、むしろ内面的不満の発散なのである。」(エリック・ホッファー『魂の錬金術』)

 旧くはブライアン・ウィルソンが表象していたようなパラノイアじみたポップへの意識の深さ、または、70年代のトッド・ラングレンの見せていた無菌室的なポップ、CTI界隈のスムースな音像、日本で言うならば、はっぴぃえんど、大瀧詠一、山下達郎、高野寛、青山陽一など各諸氏、初期のキリンジ辺りが体現するロマンティックながらも、どうにも聴き手側の勝手な同一化を拒む透徹とした佇まい、「YOU&I」を描きながら、それをメタ認知で筆致しつつ、緩やかに完璧に固められたサウンド・ワークの背景に潜む創り手の凄まじい情念に触れてしまった様な人は多い事と察する。僕自身、高度に構築された「ポップ」というのに或る種、畏敬と畏怖を同時に感じてしまうのは、スッと耳を流れていくように思えて、良いステレオ・システムやライヴで聴くと、その楽器のバランス、アレンジの緻密さにアーティスト側の過激なラジカリズム(急進性)を垣間見えるからだ。下手な大文字の「ロック」よりも業の深さが滲み出ているとでも言えるだろうか。そういえば、かのエリック・クラプトンがジョアン・ジルベルトのコンサートを観に行った際、彼の「正確で複雑なリズム感覚」にインスパイアされた、という逸話などもそこには付加出来るかもしれない。クラプトンのあのリズムのジャスト感というのも時に凄いものがある。

 今や結果的に、田中拡邦氏のソロ・プロジェクトとなってしまったが、彼がファースト・アルバム『Mamalaid Rag』時のインタビューで、ボサ・ノヴァと言えば、アストラッド・ジルベルトを挙げていて、サンタナのAOR方面への傾斜期の『Festival』というアルバムの「Give Me Love」への愛を語り、アレンジメントの例として、ギル・エヴァンスの名を挙げていたのも非常に面白かった。それは、とても、「旧き良き、アメリカ」へのオマージュと共に、一本筋の通った美意識が貫かれている頼もしさを明確に受け止める事が出来たからなのもあるし、その純然たる覚悟に感銘を受けたというのもある。

 思えば、初期の彼等のライヴを観た際に、たまたま同席した40代の女性が「彼等を聴くと、もう死語かもしれないけど、シティー・ミュージックって言葉を想い出すのよね。」と言っていたが、僕は少し違う角度から、彼等の音楽には「仮想化された都市へのアーバン・ブルーズの捧げ方の麗しさ」と「"白い"ブルーズへ向けたノスタルジアの現代的な再現」を忖度していた。特に、インスト曲内で、ジャム的になだれ込む演奏は、CCRの影さえちらついた。

 しかし、周知かもしれないが、ママレイド・ラグの道程とは、とても困難を極め続けた。02年のメジャー・デビュー当時からの老成した佇まいの音と、その音楽性の純度の高さ、プロフェッショナリズムと比して、セールス的な評価とのアンバランスさと、田中氏の凄まじい職人気質と音質への拘り、コントロール・フリーク振りが時に、玄人、好事家筋の審美眼内で回収されてしまうきらいもあり、どうにも凡庸なイージー・リスニング的な括りの中で語られてしまう事も多い存在であったとも言える。03年の5曲入りの「きみの瞳の中に」(ここに収録された「泣きたい気持ち」は今でも、"60年代の3分間ポップ"の躍動感を閉じ込めた、屈指の名曲だと思う)、タイアップもついた04年のシングル「そばにいたい」辺りでは一瞬、シーンで地表化する気配も見えたが、「完全なる手触りの音」を求める為にマイクの立て方、8トラックのアナログ・レコーダーを取り入れ、レコーディングの模索を試みる中で頓挫した結果(その一瞬の成果は05年のシングルの「街灯/ふたりで目覚めたら」で味わえる)、スタジオ・ワークに戻り、作った06年のセカンド・アルバム『Mamalaid Rag2』は決して、悪くないものの、既発曲の多さに埋もれてしまった感もあり、不完全燃焼的なムードと、今後の展開を予期せしめるような物悲しさも備えていた。そして、バンド形式から田中氏のソロ・プロジェクトとなり、稀なライヴと客演等がありながらも、本体の音信が途絶えつつある中で、08年にレコーディングに入り、シングルとして、「Ophelia」、「空に飛ぶ想い」、「すてきなダンス」という完成度の高い音源を次々と発表した。

 そんな中、今年に入って、満を持しての4年振りの『Spring Mist』が届けられた。良い意味で本当に変わっていない、田中氏のポップ・マエストロ振りが発揮されながら、今までで一番、軽やかで爽快感に溢れた内容になっている。02年のメジャーでの最初のミニ・アルバムが「春雨道中」という象徴的なタイトルだったからして、また紆余曲折を経て、「春(Spring)」に戻ってきたというのも手応えも感じる事が出来るし、自らの過去を既にある種、対象化して、新しい道を進もうという多種多様なサウンドへの試みも詰まっていて、言うことが無い。ジェームス・テイラーやジャクソン・ブラウン辺りを彷彿させるフォーキーでトラッドなウォームな肌触りの曲から、これまでの流れを継承したジョン・メイオール&ザ・ブルーズブレイカーズ、レオン・ラッセル、エリック・クラプトン辺りを現代的な解釈にした曲、ナイアガラ・サウンド的な曲、宅録的な様相を持った曲、ストリングスが絡んだ流麗なバラッド、ザ・ホリーズ、初期のザ・ビートルズ、ポール・マッカートニー&ウイングス辺りを参照にしたビート感溢れた曲など、これまで以上にバリエーションに富んだ内容ながら、全体を通した一貫性はムラが無く、通気性が良い。このアルバムには、潔癖症的なまでに音楽への確かな情熱に裏付けられた美学が充溢している。

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