イルリメ「360° Sounds」EP(Kakubarhythm)

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「不安も苦悩もないけれど、何かが足りない」。そんな思いに、ふと駆られたら「360°Sounds」EPを聴こう。イルリメは日々の中で忘れていた種の楽しみの心地や、すっと胸がすく気持ちを、粘土をこねるように音にして、ひょいっと僕らの前に差し出してくれる。そして聴くと思い出した気持ちになる。音に込められた豊かな心地を僕は忘れていたんだ、と。

 ジャンルで言えばヒップ・ホップなわけだけど、それはあまり関係ない。ファンク、エレクトロニカ、テクノ、ジャズなど様々なジャンルの音楽性を持つイルリメが、最終的にヒップ・ホップというカタチに落ち着いているだけで、重要なのは谷川俊太郎の詩のように石ころだろうと愛だろうと、かわいらしく、でもそれらのありのままの姿を提示するところにある。ジャンルなんて関係ない、という言いは時として陳腐なものになりがちだけど、いや、やっぱり関係ないんだと、本作を聴いていると思えてしまう。

 人気曲「トリミング」を再録。「とらべるびいつ」はYSIGのモーリス氏が参加。「Hello Mellow」はキリヒトの「君にメロメロ」をサンプリングした楽曲。それらを含むEP、全5曲。爽やかな声質の、韻を踏むことを過剰に意識しないリズミカルなライムがメロディアス。雪が溶けるように耳にすうっと入ってくるサウンドは心地が良くて、強すぎず弱すぎずのビートが高ぶった感情の温度を静かに下げてくれる。ここには怒りや哀しみを思わせるサウンドの一切がない。だから寝間着で聴いてもいいようなリラックスした音楽であるとともに、聴き手は高度な音楽性をも同時にリラックスしたまま聴けるのだ。

 この音楽は傍観者の視点で客観的に眺めるよりも、音の中に身を置いた方がずっと楽しい。本作をiPodに入れて外を歩けば、いままでどこかに置き忘れていた、あるいは見過ごしていた楽しみに気付けるんじゃないか。そんなふうに思えるほど360°の視界が開けてくる。そしてまた、本盤は個人の気持ちをふわりと浮かせることにおいても重要な意味を持つようになった今日的な音楽だと僕は思う。もちろん悪い意味じゃない。ヒップ・ホップだからといって毛嫌いしている方にこそ聴いてほしい。本盤は、ヒップ・ホップはアメリカ黒人音楽だとか、ジャパニーズ・ヒップホップは邪道だとか、そういうことは全然関係ないんだと思えるポップ感に溢れる。

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