サニーデイ・サービス『本日は晴天なり』(Rose)

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 曽我部恵一の00年代の活動は目まぐるしく、そして、一つの日本の音楽界でのメルクマールだったと言っても過言ではない。インディー・レーベルのローズ・レコードの立ち上げ、主宰、新進アーティストの発掘、自らもソロ、バンド形式で多数のライヴ活動をこなしながら、縦横無尽にインディペンデントな形でただ、音楽を少しでも多くの人たちへ届けようという意志だけに支えられているかの様な佇まいで駆け抜けながら、日記で見せる父親としての穏やかな佇まい、全てがとても魅力的だった。

 ただ、僕にはその魅力的過ぎる部分を些か引いて見てしまう事も多かったのは確かだ。何故ならば、フェスで曽我部恵一BANDとしてファストなアレンジで汗を掻きながら、髪を振り乱し、「青春狂走曲」をシャウトして、コール・アンド・レスポンスする場に乗れなくなっている自分のシニシズムと単なる年齢がいったという問題もあったのかもしれないし、単純に彼の生真面目さを対象化してしまう自分の在り方を恥じていたのかもしれない。それでも、まだサニーデイ・サービス解散後のソロとしても模索していた時期の梅田のタワー・レコードのインストアのライヴで来られた時にちらっと話した際のその温和な語り口と笑顔にも救われ、拙いながらも、以前、ローズ・レコード所属のランタン・パレードのレビューもロッキング・オン・ジャパンという雑誌に書いた事があったり、ほぼ彼を巡る関係の音源は集めていたこの10年程だったが、そこまで「聴き込む」熱心なリスナーではなかったし、積極的にライヴに足を運ぶ類の人間ではなかった。

 ただ、今回、サニーデイ・サービスが8年振りに08年のライジングサン・ロック・フェスティバルで再結成ライヴを行ない、作品としては10年振りとなるアルバムを出すというアナウンスを聞いた時、何だか胸がざわめいた。

 今のサニーデイ・サービス。40歳を前にした「若者たち」が描く青い世界観というのは想像出来なかったのもあるし、だからこそ、極力、映像も現場も含めて、今回のサニーデイ・サービスを巡る場所を迂回しようとした。「フジロック・フェスティバルの演奏が最高だったよ」、「新曲、良いよ」と、それでも、色んな声は聞こえてきていたが、アルバムを聴いてから、ちゃんとジャッジしようと思った。

 そもそも、僕の個人的な体験と照応するならば、サニーデイ・サービスというバンドに触れたのは94年の『コズミック・ヒッピーEP』だった。渋谷系文脈で、大阪のHMVでふと買ったのだったが、正直、フリッパーズ以降の温度を継承した大学生的なバンドのアマチュア的なムードが充満していて、それはその頃の日本の音楽界隈のバブルさと比例して、僕には「誰でも音楽が出来る時代なのだな」という印象論をもたらせてくれるもの以外、特別なものはなかった。その評価が変わってくるのは95年の『若者たち』以降のとても透徹としたプロフェッショナリズムに裏付けされた作品群だった。また、ライヴで観る彼等の相変わらずヘロヘロでローファイで、その「らしさ」と70年代的なフォーク文脈を再解釈して現在進行形でどんどん舵を切っていく様には、興奮も感動もしたし、「自分語り」だらけの音楽が溢れる中で、決してそれをしない「風景描写の巧みさ」にも皮膚感覚が合った。

 90年代の彼等の活動と僕の青春時代は重なっていて、大学受験の時は97年の彼岸的な『愛と笑いの夜』を聴いていたし、大学に入って鬱屈していた時は98年の『24時』のドロドロとした雰囲気に同一化出来たし、99年の『MUGEN』は大学を辞めるかどうか悩んでいた頃の大学図書館でよく聴いていた。周囲がオウムやドラゴン・アッシュや小林よしのり辺りの「大文字」に感性が回収されていく中、僕も抗う事は出来なかったが、サニーデイ・サービスの「小文字」にはいつも助けられた。「あることは、つまり、ないんだよ」、という徹底した透徹とした音像とメロウネスと混沌。そして、バレアリックに打ち込みを入れた00年の『LOVE ALBUM』という記号を投げかけるように、その流れで解散してしまった。

 余計な話になった。但し、そんな文脈で、ある種、「サニーデイ・サービス」という記号に私的にはオブセッシヴなものがあるので、新作も最初は封を切るのが怖かった。「今更、どんな音鳴らすのだろう」という懐疑の念と「90年代が甦るのは嫌だな」というトラウマ的な感情の相克。でも、一曲目のカウントを数える声と、その後に響くもたつくリズムと相変わらずセンチメンタル過ぎる歌詞、曽我部氏のメロウネスを極めた声を聴いた時、不覚にも泣いてしまった。「今のサニーデイ・サービス」がそこにあって、ちゃんと歳がいっていて、でも、全く変わってなくて、ラヴィン・スピーンフルやバッファロー・スプリングフィールドやニール・ヤング、勿論、はっぴぃえんども含めてフォーキーなサウンドを鳴らすバンドやアーティストを参照ベースにしながら、アナログな音質でコンパクトに10曲が纏められている。一発録音的なノリもあって、ウェルメイドな作品ではないし、曲によってはクオリティのムラがあるのは確かだ。

 でも、サニーデイ・サービス内でしか見せない曽我部氏の「情景描写の巧みさ」や丸山氏のアタックが弱めのドラム、田中氏のベースラインは何とも言えない透明度がある。その生々しさが僕は堪らなくなってしまって、思わず過去のサニーデイ・サービスのアルバムを聴き返すような日々を送る事になった。このアルバムは出来るだけ多くの大人に、そして、多くのユースに聴いて欲しいと素直に思った。前者は「もう音楽なんて」と生活に追われている中で、ふとこの音が日常を優しく持ち上げてくれるかもしれないよ、というささやかな祈念と、後者はソカバン系譜で知っていたとしても、曽我部氏のこういった優美な面はあるんだよ、というのを知ると、セカイ系やら絶望的な何か、を回避出来るかもしれない、という個人的な想いがある。

 本日は晴天なり。

 でも、晴れの日に傘を差していても全然いいんだ、本当は。

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