April 2010アーカイブ

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 ポスト・ロック/エレクトロニカという音楽は、それまでのロックを更新するための挑戦として始まった。アルバム・リーフことジミー・ラヴェルは、このジャンルにおいて常に、存在感を放ってきた音楽家として知られている。
 
 しかし、このポスト・ロック/エレクトロニカという音楽は、今では一部の音楽オタクのものとなってしまった。彼らの音楽への探究心。それは果てなき実験の連続である。しかし、そこでは歌、そしてそれを聴くオーディエンスという存在が忘れられがちになっていたと僕は思っている。そして、ジミー・ラヴェルについてもこのような音楽家に含まれる一人だと思っていた。

 ところが...である。アルバム・リーフの最新作は、以上のようなこれまでの僕の思いを大きく裏切る、ジミーのシンガー・ソングライターとしての姿をはっきりとリスナーに届けている作品となった。バンドが演奏し、歌が流れてゆく。それは僕にとっては嬉しい裏切りである。そして、これまでの彼のファンを裏切ることもない、彼の音楽への探求心について知ることのできる作品。彼のフェイヴァリット・アーティストはニール・ヤングだという。このアルバムを聴いた今、とても納得のできる話だ。

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 声が、すごい。かつてのささやくような歌声は、もうない。今の彼女の声は深く、力強く、感情が込められている。17歳でデビューし、可愛らしくほのぼのとしたフォークを鳴らしたアルバム『Alas, I Cannot Swim』で高い評価を受け、スターダムへの道を歩むことになった。だがその一方、かつて彼女も所属していたバンド、ノア・アンド・ザ・ホエールのチャーリー・フィンクとのロマンスと別れもあった。おそらく、一般の同年代の子より遥かに膨大な経験を経てきたことだろう。その経験が、20歳になった彼女がリリースしたこのセカンド・アルバム『I Speak Because I Can』に現れているように感じられる。キングス・オブ・レオンのプロデューサーによる大陸的な広がりのあるサウンドに載るリリックでは、ギリシャ神話を引用しつつ、人と人との関係性を淡々と語っていく。その点は、どこまでも内省的に悲しみを綴ったノア・アンド・ザ・ホエールの『The First Days Of Spring』とは非常に対照的だ。バンジョーとピアノ、ギター、そしてストリングスを用いた演奏はこれからの彼女の決意を示すように、シンプルでとても気高い。このアルバムを経て、彼女は僕らの世代のジョニ・ミッチェルになってくれることを証明するような、彼女の新たな第一歩は生命力に満ち満ちている。

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 ゴリラズの3rdアルバム『Plastic Beach』の登場だ。ここまで来れば、ボビー・ウーマックからマーク・E・スミス(!)まで、前作以上に豪華(でマニアック)なゲストが参加したことにも妙に納得。

 かつてポール・ウェラーがジャムを解散させてスタイル・カウンシルを始めたとき、そこで刷新されたのは楽曲のコンセプトはもちろん、バンド時代では表現しきれなかったグルーヴだった。僕はデーモンがGorillazを始めたことに同じような印象を持った。ドラマー(&ベーシスト)不在なんて気にしないで、色々なやり方でダンスする感じ。だからゴリラズの1st、2ndで音作りの軸になっていたのは、それぞれのアルバムに参加したトラック・メーカーだったと思う。

『Plastic Beach』には、ダン・ジ・オートメーターやデンジャー・マウスのようなトラック・メーカーがいない。でも、冒険心が失われたわけではない。ヒップ・ホップ、ファンク、エレクトロなど相変わらずバリエーション豊かなアプローチは、今まで以上にポップでわかりやすい。コンセプトが統一されているから、アルバム全体にメリハリがあって聞きやすい。

 1st、2ndは、デーモンがミュージシャンとしてグルーヴを追求する実験作だったのかもしれない。この『Plastic Beach』は、ストーリーテリング、ソングライティング、ビジュアル表現までを含めたデーモンのプロデューサーとしての才能が際立っている。映画を見たり、小説を読むとき、僕たちのアタマの中には制作者の顔なんて浮かばない。そのストーリーを存分に楽しむだけだ。『Plastic Beach』でも同じことが体験できる。

 ミュージシャンが、あくまでも「楽曲」の中で自己表現を追い続けるのは当然のこと。でも、デーモンは歌が生み出すイメージさえも大衆化しようとしている。実験(=グルーヴ)と引き換えに、今まで以上の大衆性(=ポップ)を手に入れた。個人的には、ダブっぽさがなくなったのはちょっと残念だけど。

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 時々叫んでみせるハイトーンのヴォーカルはとても線が細いし、「君にサブミリナル・メッセージを送ってる」なんて歌詞の一節はまさに草食系男子の思考回路。サウンドの端々からナードさが伝わってくる。弱っちい、そんな印象だ。だが、そんなベッドルームの少年が、ジャングリーなギターとポップなコーラス、それにいびつだが耳にこびりつくメロディを鳴らしたとき、その音楽は愛さずにはいられないものになった。名門サブ・ポップ所属、ヴァーモント州を拠点とする3人のデビュー・アルバムはそんな、キャッチーなローファイ・ポップが詰まった作品といえる。そもそも、このバンドの中心人物カイル・トーマスはダイナソーJr.のJマスキスによるサイド・プロジェクトであるメタル・バンド=ウィッチでヴォーカル/ギターを務め、一方でフェザーズというアシッド・フォーク・バンドのメンバーでもある人物。そんなカイルが、無邪気なティーンエイジャーのころを思い出して作ったんじゃないかと思うようなこのアルバムは、どこから聴いてもピュアネスが溢れ出てくる。

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 2009年の後半になってようやく気分的にアトラス・サウンドやらアニマル・コレクティブやらに追いついた私は(遅!)、あろうことか調子に乗って「イギリスは元気ないですね」なんてことを口にしてした。よく考えればその時には既にデルフィックもトゥー・ドア・シネマ・タウンもシングルをリリースしていたので、改めて自分がミーハー精神丸出しでアメリカのアヴァンギャルドに浮かれていたのがアホみたい。だって、そもそも私は「アメリカのやたらアーティスティックなバンドとそれに群がるお洒落な奴」の構図をすごく嫌っていたはずなのに、ってその話はまあ置いといて、2010年こそメインストリームはラ・ルーに頼りっきり、なんていう事態にはならないはず。さあ、これから私が紹介するのは、テスト・アイシクルという異常に寿命の短かったバンドを経て、アンタイ・フォークの先駆けにもなったファースト・ソロ作をリリースし、2010年の初頭に再び予想をはるかに上回るクオリティの作品を作り上げたライトスピード・チャンオンという男である。オタク・ポップ? いやいや、彼はファッション誌で逆に浮いちゃうくらいスタイリッシュで、私からすればそれでこんな素晴らしい曲を書けるなんてパーフェクトな才能じゃないですか。私、最近のユーフォリックなサウンド志向も大好物なんですが、それってもちろん逃避しちゃう気持ちよさも含まれてるわけでしょ? 私はこのアルバムの曲みたいに、メロディのなかに素直に高揚したりセンチメンタルになったりする部分が散りばめられているのも最高だと思うのです。1曲目、まさに最高ですよ、これ。彼の感性はなんとも絶妙な領域に平気で手が届く。2曲目もマジでいい。というか、全部いい。

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 2010年代に入って、スプーンだオーウェン・パレットだヴァンパイアだと怒涛のリリース・ラッシュに興奮しながらも、私はこのボルチモア出身の2人組が書いた「Norway」という曲に夢中でした。フロア・タムを効かせた浮遊感のあるリズムに不安定で胸が張り裂けそうな旋律が絡むヴァースから、太陽の光のもとへと連れ出されるコーラスへ移るとき、あなたはどこか遠くの異国に思いを馳せないでいられるだろうか。あるいはノスタルジックになる心地よさみたいなものを思い出さずにいられるだろうか。現代には様々な役割を持った音楽があり、あえて何の役割を持とうとしない音楽がある。アーティスティックな側面を保ったまま、いくつかのバンドは自分たちが生活できるくらいのリスナーを身につけることができた。ダーティー・プロジェクター然り。アニコレなんてそのまま安住し続けていられたであろうユートピアから抜けてポップに転換してもなお批判の矢面に立たされることがない。そういう音楽の素晴らしさは商業的成功よりも、むしろ1人1人の生活にどのような影響を及ぼしたかで評価されるはずだ。2010年代にストロークス級の衝撃が訪れるかは微妙なところだが、個人にとって毛布になってくれるこのアルバムには人生に必要な優しさまでが備わっている。全ての曲が統一感を持ちながら、どれもが珠玉の名曲。

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 7年ぶりの新譜。それ程の年月が経っても誰もが待ち続けてマッシブが「更新」されるのを待っている。もうそれだけでも物凄い話だ。イギリスのシーンからも常に自ら隔絶して新たな音楽を更新し続ける唯一無二のマッシブにまたも驚かされてしまった。ゲストの多彩さ、それこそ古くからの盟友ホレス・アンディがいればマッシブが蒔いた種とも言えるTV on the Radioのトゥンデ・アデビンデも居る。新旧の様々が織り成すゲストが如何に何年間と沈黙していようと常にリスペクトされているのが窺い知れる。

 1曲目の「Pray For Rain」からゆっくりと海の底へ沈澱していくような感覚に陥る。1曲の中に様々な展開や表情を魅せ後半のキーボードが入ってくる所など堪らない。先行カットされた「Splitting The Atom」も淀み、徐々に歪んでいく圧倒的なサウンドスケープに引きずり込まれていく。詩の暗喩的な警鐘が心情を揺さぶる。「Girl I Love You」は今までの沈んでいくベースが上昇し牽引していく重く激しい曲だ。ホレスの声も力強くソウルフルに響く。ダブステップや時折垣間見せるオーガニックな楽器の音が見事に混ざり合い新しいマッシブを提示して魅せる。ただ、前半と後半の中間2曲、「Psyche」「Flat Of Blade」が少々蛇足のように思えた。アルバム中、白眉と言える美しい「Paradise Circus」に上手く繋がらない気がした。その「Paradise Circus」を後半の始まりに、これぞとマッシブと言える様な世界が繰り広げられていく。3DがVo.をとっている2曲は圧巻の出来だ。張り詰めた空気が途切れることなく緻密に作られたサウンドと共に進み、最終曲「Atlas Air」で収束される。不穏なピアノ音が耳にこびりついて離れない。

 唯一のオリジネイターとしての貫禄をまざまざと見せつけられた。

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 前作から2年ぶりの新作。1年のオフを経てじっくりと制作されたという本作は、どこかひんやりとしているけれども、これまでの作品にはなかったような 「温かみ」のような耳触りがある。一聴すると地味に感じるかもしれないが、繰り返し聴いていく内にその「慈悲の念」にも似たアレクシスのソウルフルな 「歌」が心をじんわりと暖めてくれるのがわかる。そもそもの出発地点はデリック・メイのクラシック「Strings Of Life」だという話だけれど、2008年末にコラボレーションをしたロバート・ワイアットの影響もここにはあるのかもしれない(実際、カンタベリー・ シーンとも関わりのある元クワイエット・サン~ディス・ヒートのドラマー、チャールズ・ヘイワードが数曲で参加)し、また、よくミュージシャンが「このアルバムは前作からの反動だ」と語ることが多いように、例えば「Ready For The Floor」のPVでアレクシスが演じた「バットマン」のジョーカーみたいな道化役(いわゆる「今のダンス・シーン」の先導役?)という自らが置かれた立場に対する反動という面もあったのかもしれない。そういう点ではいかにもイギリスのバンドらしいヒネクレ方だなぁと思うのだけど、しかし、本編(日本盤は ボートラ2曲収録)の最終曲「Take It In」で展開される、内省的なつぶやきからサビへと至る瞬間に一気に視界が開けていくような感覚にはきっと誰もが心を揺さぶられるはずだ。ひどく率直に捩じれながらも、それ故に人間臭くて感動的な作品だと思う。

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米ヴァージニア在住の40代中盤のシンガー・ソングラーターのニュー・アルバム。日本でも"ハンドメイド・ポップ職人の好盤"として話題になった前作『For Those Who Like To Pop』以来10年ぶりのアルバムだが、音楽性はそのままで、ブライアン・ウィルソンやポール・マッカートニー、バート・バカラックといったポップ・マエストロの影響を自身の感性で発酵・熟成させた、まさに良質ポップ見本市のような作品になっている。捨て曲なく、どの曲もいいメロディ。基本的に一人でピアノの弾き語りで、そこに気心の知れたメンバーがサポートしてレコーディングされたのだろう。転調は多いが、凝ったアレンジは少なく、シンプルな編成で演奏されている。その音の隙間に漂う、ほのぼのとした空気が心地よく、何度リプレイしても飽きない。休日の午後に聴くのが最適といえる。ソフトなヴォーカル、産みの苦しみを感じさせないメロディアスな作風はなんとなく、ポール・マッカートニーのデモ・テープのような感じでも聴ける。もっと早く聴いていたら、2009年のベスト・アルバムの1枚になっていたな。
(竹部吉晃)

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 ミニマル・ミュージックの美しさ。ダブステップの暗闇からの誘い。そしてエレクトロニカの繊細さ。フォー・テットの新作は、僕らの生活にそっとロマンスを足してくれる。素晴らしいサウンドトラックである。

 フォー・テットこと、キエラン・ヘブデンのキャリアは、ポスト・ロック・バンドであるフリッジのメンバーとして始まる。その後、彼はフォー・テットと名乗り、99年に『ダイアローグ』というアルバムからソロ・プロジェクトをスタート。これまでに6枚のアルバムをリリースし、そのキャリアを通して彼は、フォークトロニカを代表する音楽家として認知されることが多い。

 これまでの作品に触れてきたファンは、今作についてもフォークトロニカが美しく鳴らされることを期待するかもしれない。しかし、このアルバムが再生されると、スピーカーからは4つ打ちのキックが鳴り始める。それを意外に思う、またがっかりしてしまうファンもいるかもしれない。ただ、音楽にちょっと身を任せてみればすぐにわかる。こんなに美しい音楽が他にあるだろうか。

 今作を細かく分析すれば、冒頭で挙げたような、様々な音楽の影をこの作品から受け取ることができる。キエランがいかに様々な音楽を聴き、そこから影響を 受けていることがわかるだろう。これまでの作品を通して鳴らされてきた彼らしさ、そこにダブステップのような新たな風が吹き込んでいる。

 しかし、このアルバムを一度通して聴けばわかるように、ここで鳴る音楽は、その音の一つ一つが本当に美しい。そしてロマンスに溢れている。こんな美しく素晴らしい音楽の前では、誰もが立ち止まり身を委ねてしまうだろう。
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