ボブ・ディラン at ZEPP大阪 2010/03/11

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現在「スタンディング」形式の会場をメインに日本をまわっているボブ・ディラン。彼の音楽、そして活動スタンスは、この2010年代に、ますますそのリアリティを増している。

実際、彼の大ブレイク目前(2007年)に、あのマーク・ロンソンに初の公式リミックスを...それも「Most Likely You Go Your Way (And I'll Go Mine)」という、いかにも象徴的なタイトルの曲をまかせた彼のセンスを、誰が「古い」などと言える?

クッキーシーンでは、あえて「ディランを語るにはまだ若い」とか言われそうな30歳の執筆者によるレポをお届けする。ディランの、そして彼の、決して消えることのないスピリットを感じてほしい。

*今回の公式ライヴ写真は、まだ入手不可能。右は1997年に来日した際の写真です。



 1988年6月から始まった俗称「ネヴァー・エンディング・ツアー」も23年目を迎え、2010年、日本では初めて2000人前後のライヴハウス・サイズでの連続的な公演が決定した、という事の意味は大きい。何故なら、ファンなら周知だろうが、ディランのライヴというのは、常々、インプロ的にセットリストを変えるのは当たり前であり、特に一つの会場が連日で続く場合、「空気」を読み、思わぬカバーを挟んできたり、隠れた名曲を入れ込んでくるからだ。加え、今回だと、ホール環境での「鑑賞」の次元を越えて、ライヴハウス特有の「一体感」も生まれる。

 88年からの流れで言うならば、日本ではこれまでホール・サイズのライヴは、94年、97年、01年と実現しており、僕は01年の大阪公演に行ったが、この時はギター・パートにラリー・キャンベル、チャーリー・セクストンが同列に居たことで、正調なアメリカン・トラディショナルなロックバンドの風情があり、ブルージーな渋さも極まっていた。そして、老境に至るにつれ、どんどん「崩し」と「揺らぎ」を極めていくディランのボーカリゼーションも枯れた凄味が宿っており、ギターを背中に回してハープを吹きまくった「Tangled Up In Blue」や、定番だが、やはり圧巻の「Like A Rolling Stone」などハイライトも多く、このライヴから延長線上に、創られたという00年代の最初の名作『LOVE AND THEFT』のモードも前景化していた。そこから、ライヴの形式やメンバーはマイナーチェンジしていき、現在のバックはチャーリー・セクストン(guitar)、トニー・ガーリエ(bass), ドン・ヘロン (steel guitar / mandolin / violin / trumpet), スチュアート・キンベル(guitar), ジョージ・リセリ (drums / percussion)にほぼ固定されるようになった。そして、ディランは最初、キーボード前に鎮座する。「キーボードを弾きながら、歌う」というスタイルは2002年の秋から見受けられたが、無論、ギター持つケースもある。

 今回、日本公演の初日、3月11日のZEPP大阪の公演に足を運んだ。

 平日の夜、大阪港近くという場所的な問題もあり、集客性がどうか、と思えば、ライヴ前の会場は既に人が沢山で、熱量が高い。「日本の全公演行く」という方も居たり、物見遊山的な方や想い入れの深い年配の方に混じって、ユースの姿もちゃんと居て、キャリア的に自然と先走っていた、伝説の、とか、神様の、とかの冠詞より先に、「リアルに、ボブ・ディランのライヴに居合わせる」訴求力の方が大きいように見受けられたのは、頼もしくもあり、『Time Out Of Mind』以降の近作の評価軸も日本内でしっかり定められている訳だから、当然なのかもしれない。ヒアリングしたスイス人の男性の40代の方は「彼女に誘われて初めて観るんだけど、楽しみだよ。"Tagled Up In Blue"とかしてほしいね」と言っていた。

 そもそも、後天的に創られた「大人ロック」なんて言葉なんてどうでもよくて、老境に差しかかった流浪の音楽家としての座標軸にブレはなく、最近、ギル・スコット・ヘロン、ジャック・エリオットも「元気」な訳だし、ディランもロートルでは無く、全くもって今もアクチュアルな「存在」なのだろう。

 開演前、ステージには青いカーテンが背後に忍ばせながら、まったりとしたBGMが流れる。中には、AMY WINEHOUSEなんてものもあった。そして、一応の開演時間の19時にオーディエンスからは拍手と声が起こる。ステージに向かって右端近くにキーボードがあり、そこにディランが鎮座すると思える楽器配置がなされたまま、15分程過ぎ、暗転。かすかに香の匂いが漂う。

 例により、「レディース・アンド・ジェントメン、ロックンロールの桂冠詩人に拍手を。60年代カウンター・カルチャーの希望で、フォークとロックをベッドインさせた男。70年代には、化粧を施し、ドラッグの中に身を隠した男、イエスを見つけ再びシーンに回帰し、80年代には過去の人と言われた人、そして、90年代後半から、突然活発な運動を始め、強力な音楽を発表し、現在も盛んな活動を続け人、それが、みなさん、コロンビア・レコードのアーティスト、ボブ・ディランです」という旨のアナウンスが入り、メンバーが入ってくる。

 1曲目は意外にも、「Watching The River Flow」。1971年のヒット曲。それを、黒のシルクハットに上下黒スーツのダンディーな佇まいのディランはキーボードの前に鎮座して、トーキング・ブルース的に歌い崩す。トニーのベースのアタック感が際だっており、チャーリーの間奏ギターも素晴らしく、長く同メンバーでツアーを回ってきたからか、全体のバンド・アンサンブルの呼吸の阿吽の具合が伝わってきた。続いて1969年のカントリーアルバム『Nashville Skyline』から「Girl Of The North Counrty」では背景の映像は星のようなものになり、エレキ・ギターを持って、ディランが中央に出てきた。ディラン、チャーリー、スチュアートのギターが主軸となり、クールなインプロを挟み、流麗に曲を「再構築」していた。オリジナル・アルバム自体での歌唱は穏やかな曲だったが、流石というか、今の彼がなぞると、全く別の「生命」を与えられているような躍動感さえあった。暗転しての、アカデミー賞、サントラで有名な「Things Have Changed」へ。ディランは引き続き、エレキ・ギターを掻き鳴らしながら、タイトなバックバンドの演奏と合わせる。ここはまさしく、前半の白眉パートだった。圧巻の音像。

 そして、『Another Side Of Bob Dylan』(1964)から「To Ramona」を、再び、キーボードに戻り、ダルでレイジーに演奏した。間髪入れない形で、ハープを持ちながら、スタンドマイクの前に屹立しての、漸く、近作の2001年『Love And Theft』から「High Water」。バンジョーが挟み込まれた中盤や、メンバー間のインプロを経て、最後はディランのブルースハープで締められた。そのまま、近作が続く。2006年の『Modern Times』から「Spirit On The Water」。キーボードに再び戻り、拍手を促すような仕草をしながらの、トンキー・ホンク調な軽快なリズム感を見せる。チャーリーがエレキ・ギターを弾きまくりながら、ジャム的な様相へ雪崩れた『Modern Times』からの「The Levee's Gonna Break」では、ディランはキーボード前にクールに構えていた。再び『Another Side Of Bob Dylan』(1964)から選出された「I Don't Believe You (She Acts Like We Never Have Met)」では、マイク前で純然と歌うスタイルを取った。まるで、シナトラのような、リサイタルのような風情があり、ピンライトが照らす訳でもないので、かなりぼんやりと彼の姿が浮かび上がっていた。RADIOHEADの『IN RAINBOWS』ツアーのような光の棒のイメージがスクリーンに映る。ハープも吹き、最後はキーボードで締めた。

 後半戦に差しかかる。『Time Out Of Mind』(1997)からの佳曲「Cold Irons Bound」がここで決まる。センター・マイクで、歌うディランが格好良い。そして、次の1963年の『The Freewheelin'』からの「A Hard Rain's A-Gonna Fall」で、やはりというか、「一種のピーク感」があった。キーボード前で、歌詞を相変わらず「崩し」ながら、でも、肝心な歌詞の部分はオーディエンスに響き、それに呼応する。今日のライヴ内でも白眉とも言える「昂揚感」、「一体感」がそこにあった。そのモードを引き摺るように、「Highway 61 Revisited」を発端として怒涛の轟音ジャム・ゾーンへ。バックのCGは樹林的なイメージ。続いての「Can't Wait」でも、ジャム的な流れ、ドラムのアタック感が強調されながら、ハープを持ち、マイク・スタンドで歌うディラン。しかし、全体的なダルで「ダウン・トゥ・アース」な空気感は今のバンドならではなのだろうか。ますますディランの「ダミ声」が凛と響いていた。更に、「Thunder On The Mountain」はロック・モードのまま、キーボード前に鎮座して、鍵盤を叩きまくるディラン。フォーク、カントリー、ロック、ジャズ、ブルースを弁えているバンドだけに、ここでの音の渦は凄かった。本編ラストの「Ballad Of A Thin Man」では再びスタンド・マイクを前にハープを響かせ、クールに締め、会場を去った。

 暗転の中、勿論、拍手は止まない。

 暗闇で、今回のディランのロゴマークがステージ後ろに浮かび上がっている。

 少しのブレスがあって、アンコール。そこで始まったのだが、満を持しての「Like A Rolling Stone」。キーボードに座り、歌詞も崩して歌う感じだったので、オーディエンス側も乗りにくそうだったが、パッショネイトな迸りが曲から感じられた。それから、ぼそぼそとした声で手短なメンバー紹介を挟み(ディランがMC的なものを喋るのはここだけだ。)、「Jolene」、「All Along The Watchtower」を畳みかけ、終了。最後はメンバーが横一列に並んで、直立する。アンコールのこの三曲は、昨秋からほぼ固定だが、日本では今後変わったりするのだろうか。そして、本編の曲も今回は、主に、60年代と最近の曲が混在していたようだったが、また、公演が続くにつれ、面白い曲も見受けられる事だろう。

 全体を通して張り詰めた集中力が要求されるライヴであり、やはりその中でも強烈に感じたのは、ディランはまだまだ現在進行形の人だったということだった。ディランはまだ「行く」だろう。

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